2005年 9月 3日 (土) 

       

■ 盛岡南部家の金ほおずき大馬印を県指定文化財に

     
  金ほおずき大馬印  
 
金ほおずき大馬印
 
  盛岡南部家の馬印2点が県有形文化財(工芸品)に指定される。紫波町内の個人蔵の金ほおずき大馬印と紅亀甲網旗馬印で、同町指定文化財となっている。戦国〜江戸時代の大名馬印は現存も多くはなく希少な存在。指定物件は保存状態も良く、作りも工芸品としての価値を高めている。2日の県文化財審議会(工藤雅樹会長)に諮問され、指定が答申された。

 馬印は、戦国時代に入って集団歩兵戦が多くなったことから、味方軍勢に大将の居所を知らせる必要が生じたため、大将の馬のそばに置くことを目的に発達した。一般的に使用されるのは天正年間(1573〜92)ごろからとされる。

  指定される2点は盛岡藩の南部家に伝えられた馬印。南部家の手元を離れたが、2点がそろって個人宅で所有されていた。

  金ほおずき大馬印(町文化財では柿実馬印)は、実の部分は紙張子に漆を塗って下地とし、上から金箔(ぱく)を押して仕上げ、朱の絹糸で編んで網で覆っている。実は横径68センチ、縦径70センチ、がくの大きさは縦72センチ、横49センチ。

  この馬印は、南部家文書「文政十一年(1828年)子十二月 御宝蔵御陣御道具帳」に「大御馬印 壱 金はうつき紅網に入 葉青漆朱塗分裏金 大唐頭 柄黒塗」と記載されているのに相当する。「天保十四年(1843年)八月於茨島 大備御組立大小馬印の図」に掲載の図は、がくが三枚描かれ、当初はそれ以上あった可能性もあるという。馬印には柄と中穂が付いていたはずだが、現在は失われている。

  紙張子はひびが入ったり金箔がはがれたりした部分があるが、大きな傷みはなく状態は良い。
     
  紅亀甲網旗馬印  
 
紅亀甲網旗馬印
 
  紅亀甲網旗馬印は樺(かば)糸を横21列、縦糸を54段の亀甲編みとし、金装なめし革製としている。江戸時代の製作とみられる。金ほおずき大馬印と同様、道具帳には「紅亀甲網御馬印 壱 金皮鶴菱御紋 雲形有 緑金革」と記載される。「天保十四年八月於茨島〜」にも描かれている。

  亀甲編みで2枚作り4周を金装なめし革で縁取りし、2枚の網で金製なめし革製の向鶴紋、武田菱紋、瑞雲を間にはさんで糸でとめた。縦176センチ、横88センチの大きさ。こちらも柄(さお)は失われている。網、なめし革とも大きな傷みはなく状態は良好という。大名家の本陣馬印として網旗の形式は極めて珍しい。

  審議会の竹原冨士雄副会長によれば、豊臣家や徳川家の馬印は残っているが、諸大名での残存は珍しい。前出の図では盛岡藩重臣の小馬印も描かれているが、現存は確認されていないという。

  有形文化財としては216件目、工芸品としては76件目の指定になる。




 

本ページ掲載内容の無断転載を禁じます
ホームページに関するお問い合わせ、取材に関する情報は
E-Mail:hensyuu@morioka-times.com
盛岡タイムス宛てにお願いします