2005年 9月 7日 (水) 

       

■ 〈たきびの詩人巽聖歌〉160 小川達雄 2.26事件と歌人12

 かくして二十九日早朝、戒厳司令部は 「断乎、帝都麹町附近において騒擾をお こしたる叛徒の鎮圧を期す」

  と発表し、午前八時過ぎには三機の戦闘機が飛んで来て、左端の写真版に掲げたビラを撒いた。(一緒に写っているのは、叛乱軍の兵士たち)

  また、田村町の飛行会館からは、 「勅命下る、軍旗に手向ふな」というアドバルーンの文字が大空に浮かんだ。そして午前八時五十五分、反乱軍の占拠地帯の各所に据えつけられた拡声器から、あの有名な、「兵に告ぐ」の放送が流れだした。

  これは陸軍新聞班長の根本博大佐が、大久保弘一少佐に放送を命じ、大久保は司令部内の中村アナウンサーのいる部屋に入って、そこにあった紙に書き始め、中村は読み返しもしないうちに読み上げたという。

  「兵に告ぐ  勅命が発せられたのである。 既に天皇陛下の御命令が発せられたのである。お前達は上官の命令が正しいものと信じて絶対服従をして誠心誠意活動して来たのであろうが、既に天皇陛下の御命令によってお前達は皆復帰せよと仰せられたのである。此上、お前達があく迄も抵抗したならばそれは勅命に反抗することとなり、逆賊とならなければならない。〜今からでも決して遅くはないから
直に抵抗をやめて軍旗の下に復帰する様にせよ。そうしたら今までの罪も許されるのである。お前達の父兄は勿論のこと国民全體もそれを心から祈って居るのである。速かに現在の位置を棄てて帰って来い。
         戒厳司令官 香椎浩平」
  これによって午前十時前、参謀本部付近で機関銃を所持した下士官兵三十名が帰順したのをはじめとして、続々帰順が相次ぎ、午後三時頃のラジオニュースでは、「叛乱部隊は午後二時頃をもってその全部の帰順を終わり、ここに全く鎮定を見るに至れり」という戒厳司令部の発表を放送するに至った。ここでは、そのラジオ放送に関する作品をあげておこう。

  兵に告ぐる言々句々の熱誠は半日にして乱を鎮めたり    『潮音』香村金北順逆の理父母の愛まで説き及ぶ心温き告諭に泣かるる        田沢興麿帰り来よ遅くはなしとくりかへし呼ばへる声は地をゆすりゐる    四賀光子




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