よごれたる陶器の壺に地もわれもや
がて盛られん入梅ちかし
〔現代語訳〕汚れた陶器の壺(つぼ)に、この大地もわたし自身も、間もなく入れられるでしょう。入梅は近いのです。
〔評釈〕「歌稿A」の「大正三年四月」百五十二首中の四十七首目で「133」歌。「盛る」は、「森・杜(モリ)と同根」。漢字としては、「成(神に供える穀物)+皿」で、「神に供えるもりもの」を示し、「器一杯」や「高く盛り上げる」などの意味となるが、ここでは、「入る」の意味。一首としては、結句「入梅ちかし」という話者の主観に、どうしたものを対応させるかが勝負どころ。そこに、〈「よごれたる陶器の壺」に、この「(大)地」も、そして「自分自身」も、盛られるだろう〉とする場面を設定してみせたのは(賢治自身からは、「ただ、そう感じただけです」などと言われそうな気もするが)、いかにも賢治らしい。同じ「入梅」を素材とした「132」歌との対比も、また一興。
(岩手大学教授)
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