旧ユーゴスラビアのボスニア・ヘルツェゴビナ紛争があったころ、戦火が波及してくる危ぐを抱き、引っ越しを余儀なくされた住民がいた。その家族は家財道具は車に積み込んだものの、飼っていたキンギョは近くの湖に放した。やがて、戦争のほとぼりは冷めた。すでに数年を経過していた。如上の家族は古巣に戻ってきた。すると、湖の色が変わるほどキンギョが増えているではないか。家族はそれらのキンギョを売って大もうけした。
キンギョはフナの変種である。その原産地は中国南部である。室町時代以来、美しさを鑑賞するために飼養されてきたわが国のキンギョは見事であり、質は高い。
わたしはかつて池でキンギョを飼ったことがある。池の水は植物プランクトンで緑色と化していた。ヌマエビもかなり生育していた。わたしは、パン工場から買い込んだパンのみみなどを餌として与えた。キンギョたちの食欲は旺盛で、やがて体長30センチほどに達した。その泳ぐ姿は、さながらあでやかな天女の舞う姿をしのばせた。
ある夏、猛暑続きで流入する水がはなはだ乏しくなった。緊急措置としてバケツで水を運び、何度か補給したものの、一匹のキンギョが昇天した。そのとき、わたしの脳裏にゴボウのことが浮かんだ。わが国のゴボウは中国から渡来した。その時期は縄文時代にさかのぼるが、重要な野菜とされだしたのは江戸時代からである。そのゴボウを食用とするのは日本だけである。
昭和21年、横浜戦犯裁判で日本の陸軍中尉が無期懲役の判決を受けた。戦争中、東京俘膚収容所直江津分所で、アメリカ人捕虜に木の根を食べさせたのがその理由である。木の根とはゴボウを意味する。欧米ではゴボウの食習慣がなかった故、彼が有罪とされたのである。
キンギョはフナが先祖であるから、食用としても差し支えなかろう。固定観念の呪縛(じゅばく)にとらわれず、わたしはキンギョをみそ仕立てにして食べた。フナに劣らぬ味が得られた。
池のキンギョを狙う最大の敵はネコであった。池のほとりに身を潜め、キンギョが泳いでくるのをひたすら待ち続ける。ネコ手チョップ圏内にキンギョが入った途端、水中からすくい上げる。ネコはその場でキンギョを食べ尽くす。
陰陽五行の法則によると、赤色は火気、魚は水気にそれぞれ属す。したがってキンギョの内包する呪術上の理は「水剋火」にほかならない。神への祈雨の際、赤いキンギョを横山の如く積み置き献ると、願いは成就することになる。
赤い魚の中でもサガやキンキンはおいしいことで定評がある。キンギョの食味も捨てたものではない。加えて安価である。目にも色鮮やかな日本のキンギョを供え物とし、あとは打ち捨てるのではあれば、もったいないことである。
「不用意の誤用」などと柳眉(りゅうび)を逆立てず、キンギョを祈雨の供え物とし、直会にも用いる価値はある。
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