2005年 9月 12日 (月)
■ 〈衆院総選挙〉本県民主は牙城を守る 小選挙区は自民1,民主3
第44回衆院選は11日投開票され、同日夜遅くまでに小選挙区4人の当選者が決まった。岩手1区は民主党前職の達増拓也氏(41)が自民新人の及川敦氏(38)に大差をつけて4選。2区は自民党前職の鈴木俊一氏(52)が6選を果たした。3区は民主党前職の黄川田徹氏(51)が3選、4区は民主党前職の小沢一郎氏(63)が13回目の当選。いずれも前職が小選挙区の議席を守った。自民党前職で比例4位に名簿搭載された玉沢徳一郎氏(67)は9回目の当選を決めた。今回の選挙は、参議院での郵政民営化法案否決を受けて小泉総理が衆院を解散し、民営化の是非を争点に進められた。年金問題に端を発する形で直前まで吹き荒れていた自民政権批判は解散の強行によって影をひそめ、一気に自民への追い風となった。民主勢力が圧倒的な本県でも目に見える形で自民の追い風があり、民主党が主戦場に位置付けた2区で自民が改選前議席を死守することにつながった。
陽子夫人とともに4選の感激に万歳三唱する達増氏
【岩手1区】
岩手1区は民主党前職の達増拓也氏(41)が9万5109票で4選を果たした。自民党新人の及川敦氏(38)は6万5187票で及ばなかった。社民党新人の細川光正氏(56)、共産党新人の神部伸也氏(31)は党勢の回復と伸長に全力を上げたが、伸び悩んだ。
達増氏は政権交代への期待感を背景に根強い人気を見せ、再挑戦となった及川氏は再び壁に阻まれた。自民党は前任の玉沢徳一郎氏を含めて96年総選挙から小選挙区4回敗れ、都市部で弱い「1区現象」を克服できなかった。一方で初当選から順調に票を伸ばしてきた達増氏も今回は自民の追い風に苦しまされた。
達増氏は民主党ネクスト文部科学大臣として政権交代を唱え、前回の9万票台を基礎に集票活動を展開し議席を守った。県連代表として2区制覇のため、前半は盛岡市から岩手郡に支持を波及する戦術を展開。後半は盛岡市内の1千カ所遊説に専念して足下を固めた。初当選の新進党時代から9年間に張り巡らした草の根の支持が、短期決戦に生かされた。
労働組織は民主基軸の連合岩手、岩手友愛会と民社協会が推薦し、堅調な組織戦に支えられた。県議会盛岡補選で選挙区内5人に厚みを増した県議団に加えて、盛岡市議の支持も得て堅調に戦いを進めたが、全国的な自民党への追い風にやや勢いをそがれた。
及川氏は盛岡市議1期、県議1期の実績をもとに国政に挑み、前回の次点から雪辱を期した。郵政民営化に賛成の立場で「小泉改革」の先兵として戦い、主張を特化させて達増氏と差別化を図った。盛岡補選で選挙区内4人となった県議団に、推薦の公明党県議を加えて民主党にきっ抗したが、市議団の支持は前回ほどのまとまりを欠いた。
選対組織が完全になったのは公示の数日前。選挙戦後半は組織がフル稼働したが、とき遅かった。当初、陣営にすきま風があったことが自民党への追い風を生かせなかった大きな要因になった。
細川氏は盛岡市議2期の知名度で盛岡市西部に浸透するとともに、「強権政治にノー」のキャッチフレーズで小泉政治への拒否感を打ち出し、比例との連動を図った。社会保障の充実などで社民党への根強い支持を引き出したが、2大政党の戦いにくさびを打ち込むにはいたらなかった。神部氏は解散前に立候補を表明。県内最年少候補の新風をもって共産党の政策を展開し、自公と民主の双方に批判の矛先を向け、比例区との連動を図った。短期決戦で最後まで知名度不足を解消するに至らなかった。
比例区で当選を果たした玉沢徳一郎氏(左)と共に勝利を喜ぶ鈴木俊一氏
【岩手2区】
岩手2区は自民党公認の前職、鈴木俊一氏(52)が11万6448票を獲得し、県内選挙区唯一の牙城を守り6選を果たした。5期15年の実績と父で元総理の故善幸氏から受け継いだ温厚な人柄と厚い地盤を背景に、小泉構造改革の継続を有権者に訴えた。
民主党の全選挙区制覇へ狙い打ちされ、共産、社民の候補者不在で一騎打ちとなり、「鈴木対民主の戦い」「今回は最も厳しい選挙」と陣営は解散直後から引き締めを図った。
郵政民営化賛成の立場から、特定郵便局長会から支持を得られない影響、昨年の参院選前後から年輩層の根強い反小泉感情があり「小泉のわりを食う」と劣勢も伝えられた。
しかし公示以降、鈴木氏本人が選挙区を遊説し「やっぱり鈴木」の意識が支持層に広がった。敦子夫人、長男俊太郎さんに加え、成人した長女良子さんが協力した家族ぐるみの戦いに、地域の女性層なども急速に温まった。
細かく丁寧に選挙区を回る戦術が奏功し、おひざ元の宮古市・下閉伊で圧倒。岩手郡でも昨年の参院選で出身の民主党候補が当選した滝沢村などでやや苦戦したものの手堅く票をまとめた。全国的な自民の追い風も受けつつ、一部まだら模様となったが現職有利は動かなかった。
民主党公認で新人の畑浩治氏(41)は9万4095票と、一歩及ばなかった。前回03年11月の工藤堅太郎氏の得票数を上回ったが、政権交代を占うと位置付けられた重点区での勝利を逸した。
畑氏は「県北から日本一新」を訴え、出身地の久慈市を起点に前職に挑んだ。小沢一郎党副代表が公示直前を含め4度も選挙区入りしたほか党参院議員3人も各ブロックに割り当てられ、知名度で前職に劣る分を党県連挙げての選挙で戦った。
「元総理大臣の息子でもない。だから地元の生活実感が分かる。同じ風を受け、空気を吸ってきた男。地元出身の者が立たなければ、この地域は変わらない」と地場産候補を強調。年金問題など党の政策を訴え、国交省出身の立場で県北の社会資本整備の必要性を国政に届けるとアピールした。
終盤以降、滝沢村でリードの情報も伝えられ、運動も尻上がりに盛り上がった。岩手郡の一部にも侵食し、久慈市や県議のいる九戸郡、二戸ブロックなど北部でも健闘した。
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