■ 〈たきびの詩人巽聖歌〉162 小川達雄 2.26事件と歌人14
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ラジオ放送を聞いて感激した短歌には、戒厳司令官を讃えるものがいくつかあり、前回ではそれを四首、あげたが、なお次のようなのもあった。
兵に告ぐ香椎戒厳司令官のことば肺腑に
ぴたりとせまれる 『潮音』小西英夫
思うに、人気というものは、このようにして形作られていくのであろうか。香椎戒厳司令官は、川島陸相の発案とはいうにせよ、反乱軍をいちはやく警備隊に編入して、その強力な後ろ楯となっていた。そして奉勅命令が出された後も、その速やかな下達を怠り、
「昭和維新断行の聖断を仰ぎたい」
などと主張していた。昭和維新とは、叛乱軍の将校たちがいう、軍部独裁政権の樹立による、国家改造が目的である。
こうした行動のために、七月十日、香椎中将は歩兵第一連隊長、小藤恵大佐とともに、それ以後はなんの関わりもない、予備役編入を命じられるに至った。
そのような事情は、事件直後の段階では全くわからなかったであろうが、それにしても、戒厳司令官を讃える作品は、甚だ多かった。なんとも、歌人たちはただ涙を流し、神様のように司令官をあがめて、ほんとうに単純なものであったと思う。それが庶民の正直な姿であったろうけれども。
こうした短歌群はすべて、それぞれの短歌雑誌の同人クラスから抜いたもので、巽先生の『多磨』でいえば、雑誌にはみな、一段組みで発表された人々のものばかりである。二段組み、または三段組みの作品からは取り上げていない。従って、質的にはかなり高いものであったはずなのに、いまこうして通覧してみると、その内容には、著しい感情面での先走りが認められた。
さて、ここではもう一つ、歌誌『アララギ』から、事件関係の作品を見てみよう。この雑誌では、奇妙なことに事件関係の作品が少なく、一まとまりを発表したのは、「其ノ一」欄では次の一名のみであった。
雪降れる一日暮れし如くにて街かためゐ
る兵の動かず 相沢貫一
自動車隊の輜重兵街に入り来り昨日夕よ
り雪の降りしく
上野駅の広場とりまく群衆はトラックに
乗り込む兵を見てあり
作者は、ガラスの目をしているのか、ただ見ているだけである。異様な、感情を押し殺した注目、というよりほかはないが、これは先頭の土屋文明の作品にも共通していて、それはこううたっていた。
言直き古(イニシヘ)の代も時の力をあ
からさまに罵りし言は伝へず
なんとまあ。天智天皇は蘇我入鹿へのクーデターによって帝位に就き、その子持統天皇は大津皇子謀殺によって帝位を磐石ならしめた。『万葉集私注』全二十巻と『万葉集年表』といった古代学の業績のある土屋文明には、いくらでも当時の、政権批判の言辞は拾えたであろうに、彼は事実からは目をそむけた歌を作ってしまった。同じ雑誌の斎藤茂吉の場合を見てみよう。
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