2005年 9月 14日 (水) 

       

■ 魚屋で旗揚げしホテル業に進出 中野崎さんが自分史出版

     
  盛岡市岩山・四季園の自宅で自分史出版を喜ぶ中野崎寅吉さん  
 
盛岡市岩山・四季園の自宅で自分史出版を喜ぶ中野崎寅吉さん
 
  盛岡市新庄岩山の中野崎寅吉さん(84)が、自分史「昭和の一心太助ものがたり」を出版した。19歳で魚店「昭和の一心太助」を開業し、盛岡でスーパーマーケットを展開した著者の半生記。経営コンサルタントの宮健さんが、中野崎さんの原稿や記事などを基に監修した。中野崎さんはセルフサービス店の先駆者の一人だが、「お客さんと会話をしながら売るのが商人だった。今は、きれいで安ければお客さんが黙って買っていく時代。買い物の楽しさをどう伝えるか」と、流通業界を見詰め続けている。

 中野崎さんは、1920年岩手郡太田村(現盛岡市)生まれ。盛岡市仁王通(現中央通)の魚店へのでっち奉公、東京・築地での修業を経て、40年に同市大通2丁目に魚店「昭和の一心太助」を開店した。陸軍に応召されて満州に渡り、シベリアの収容所で捕虜生活を余儀なくされ、48年に帰還。商売を再開した。

  57年には、県内で2番目のセルフサービス店・スーパーマーケット「一心太助」を開店。71年に売却するまで6店舗を展開した。

  19歳で自分の店を持つ原動力になったのは、「徴兵検査まで」という約束だった奉公を途中で辞めてしまったこと。「父に火ばしで叩かれた。親不孝をして申し訳ないという気持ちがずっと心にあり、自分の力で成し遂げようと思った」と振り返る。

  同時期にスーパーマーケットを始めた同業者に、「マルイチ」「スーパーいちのへ」(現ジョイス)などがあるが、「競争できたから、互いに切磋琢磨(せっさたくま)することができた」と、同じ苦労を味わってきたライバルに感謝する。

  時代を先取りして始めた事業だったが、築地仕込みで対面販売になじんでいた中野崎さんにとっては違和感もあった。「多く仕入れて安く売る。きれいにパックして並べても、売れ残れば廃棄してしまう。これでいいのかと真剣に悩んだ」と言う。

  スーパー経営のほか、ホテルこけしの経営(現在は長男邦宏さん経営)、食堂、キャバレー、民謡酒場、貸ビル業など幅広く事業を展開した。「目標は東京のアメ横。あの活気を盛岡にと思ったが、いまだにそういう場がないのは残念」。盛岡の小売業界への期待を込めて省みる。

  中野崎さんの住まいは、岩山の中腹に自ら築いた自然園「四季(よき)園」の中にある。冬期間は、厳寒を避けて熱海のマンションに居を移しているが、同園内にはシベリア抑留史料保存館(1989年開館)もあり、手をかけた自然園とともに守るべきものがある。

  中野崎さんの誕生日に当たる9月24日には、盛岡市の南部会館サザンパレスで出版記念館を開く予定。同日は、四季園内に新たに設置した観音像の魂入れをし、お披露目することになっている。「今まで盛岡の方々にお世話になってきた。今後は市民が憩えるような場として四季園をどのように開放していくかも考えていきたい」と話していた。

  「昭和の一心太助ものがたり」はA5判、209ページ、熊谷印刷。1500円。シベリア抑留体験、実業家時代の体験記に加え、岩山に橋本美術館を開設した橋本八百二画伯との交流、「不来方城」再建計画も興味深い。

本ページ掲載内容の無断転載を禁じます
ホームページに関するお問い合わせ、取材に関する情報は
E-Mail:hensyuu@morioka-times.com
盛岡タイムス宛てにお願いします