2005年 10月 5日 (水) 

       

■ 〈経済〉企業人よ、2倍生きよ 宮健さんが講演

     
  経営コンサルタントの宮健さん  
 
経営コンサルタントの宮健さん
 
  中小企業支援のためのOB人材活用セミナ−(盛岡商工会議所主催)が9月28日、盛岡市清水町の同会議所で開かれ、経営コンサルタントの宮健さん(72)が「人生を2倍生きる」と題して講演した。

  受講した市内の企業人ら50人を前に、自分の歩いてきた道を紹介しながら、現役時代から得意分野を強化し、仕事とは違う分野を確立するような企業人の生き方を勧めた。

  宮さんは岩手銀行で38年間、サラリーマン生活をした。退職後の93年、経営コンサルタントとして独立した。宮さんは銀行時代に岩手経済研究所の前身、経営相談所の立ち上げに参画し所長に就任。10年間、県内の中小企業の経営相談などを担当した。「県内各地を歩いた。県内すべての商工団体、商工会議所も訪ねた。この10年間の仕事が今の仕事に生きている」と言う。

  中小企業診断士の資格を取得したのは31歳。市内の金融機関の行員としては第1号だった。「銀行員としての仕事は十分にした。ただ帰宅後の夜8時過ぎは自分の時間。好きなことをしていい時間。今では当たり前だが当時は滅私奉公が当然の風潮。会社以外のことをすることは企業も好まない時代。資格取得のため東京まで行った。そのときに取得した資格で今、仕事をしている」と、現役時代のチャレンジを紹介した。

  宮さんは岩手銀行中ノ橋支店長のとき、赤レンガギャラリーを開設している。銀行時代、IBC常務だった故福田常雄さんに師事。福田さんは現役時代から文筆や絵画、陶器なども行い「六十路からの旅立ち」などの著書も残している。「たった1度の人生、2人分を生きたら」と言われた言葉が忘れられないと宮さん。

  「わたしも行員時代から文筆などを開始した。経営分析実務、カキクケコ経営の本を2冊出した。出向先の会社の社史も編さんした。銀行時代に本を出せば役員になれないと言われたことがあったが」と話した。

  独立後「宮健のズバリ寸評」「いわての流通の先駆者たち」などを執筆。全国のショッピングセンターを視察して執筆活動を続けながら、各地の文学館や碑なども訪ねている。

  「仕事が最優先だがそれだけに終わりたくない。わたしも人生2人分を生きたい。金融機関で仕事をしながら第一線で文筆活動をしている金融マンがいる。先日亡くなってしまったが、日銀の元理事の吉野俊彦さんは鴎外研究の第一人者。俳人で著名な金子兜太さんは日銀時代から句作に励んでいた。作詞作曲の小椋佳さんも元金融マン」と挙げた。

  「今の時代は会社の中でも個の自立が求められる。今の仕事を一生懸命しながら自分の好きなことを追求する。それが2倍生きること。定年を迎えてからはない」と企業人の新たな生き方を提言した。

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