2005年 10月 5日 (水) 

       

■ 〈たきびの詩人巽聖歌〉168 小川達雄 2.26事件と歌人20

 首相官邸護衛の警官の最後については、軍法会議の判決理由のうちの「行動概要」第一項に、こう記されている。

  「栗原安秀、林八郎、池田俊彦、対馬勝雄は、内閣総理大臣官邸を襲撃し総理大臣を殺害する任務を担当せるが、二月二十六日未明、所属歩兵第一連隊機関銃隊下士官等に所要の件を伝達し、ついで非常呼集を行い、機関銃隊人員を舎前に整列せしめ蹶起の趣意を告げ〜およそ三百名を指揮し、同四時三十分頃兵営を出発し、同五時頃内閣総理大臣官邸を襲撃し、同邸を守護せる警官村上嘉茂左衛門、土井清松、清水与四郎、および小館喜代松の四名、ならびに総理大臣秘書官事務嘱託松尾伝蔵を殺害したるも、松尾伝蔵をもって岡田首相と誤信し、ために同人を殺害するに至らず。」

  『岡田啓介回顧録』によれば、裏門守衛の小館巡査が襲撃最初に倒れ、非常ベルで目が覚めた総理を、松尾大佐と土井、村上が非常口に導き、そこでは清水巡査が待機していた。松尾が飛び出すと銃声が起こり、ただちにピストルで応戦した清水が倒れて、やむなく戻って来た松尾と総理は、風呂場まで回った。土井は総理を風呂場に押し込み、風呂場の戸を閉めると同時に廊下の撃ち合いが始まって村上巡査が倒れ、敵の隊長に飛び掛かった土井は、前後から斬られてしまった。

  総理が風呂場から出ようとすると、「まだ出てきてはいけませんぞ」と、銃剣と軍刀の傷を受けていた土井は、うめくように云ったという。

  また殉職警官の一人、皆川義孝巡査は、反乱軍の一隊が湯河原・伊東屋別館の表玄関を襲うや、勇敢にもたった一人で、ピストルを乱射して応戦したという(「大阪毎日」3・23付)。

  こうした警官の尊い行為に対しては、全国から称賛の声が沸き起こり、東京朝日は次のように報道した。

  「殉職警官に集まる同情、弔慰金続々 五殉職警官及び負傷した玉置巡査等に対する同情は果然全国的に広がり、感謝状とともに警視庁に送り届けられた弔慰金は二日中だけで九十五口、七千八百円
に達した。」(3・3付)

  「殉職五警官への弔慰金四万五千円に 殉職五警官に対する同情の声は熱誠こめた弔慰金となって警視庁に殺到しているが、四日正午には早くも四万五千円に達した。この中には各署で受け付けた一般市民からの十銭、二十銭といった零細な同情金も多く、帝都守備の花と散った警官達の勇敢な行為が、いかに全国的な信頼を得ているかを物語るものとして当局を感激させている。」(3・5付)

  暗い、恐ろしい2・26事件の中で、終始落ち着きを失わなかった重臣の夫人達、官邸の女性、新聞社の婦人職員達の振る舞いと、殉職した警官への称賛の全国的な広がりは、温かく灯された炎のように思われてならない。

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