■ 〈盛岡ことば入門〉264 黒澤勉 これ、よがんすか
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一八一、良い・悪い−いー・わりぃ・わる
共通語の「よい(良い)」は、普通くだけた形で「いい」と発音されています。盛岡弁では「いい」と切らずに「いー」と長音化したり、単に「い」と言ったりします。
共通語でも長音化することもありますが、「いい」と一音節ずつ切って、発音する傾向が強いようです。反対語の「わるい」は、盛岡弁では「わりぃ」とか「わる」となります。(いずれも二拍です)。
「いー」「わりぃ」は、日常最もよく使われる言葉といってよいでしょうが、それだけに使い方、意味は多彩で他の語と結びつくことも多いようです。以下、会話の例をあげながらその使用例をみてみましょう。
@(目の前の箱を示しながら言う)「これ、とっても、よがんすか(取ってもよろしいですか)」
(一人が答えます)「よがんすよ」
(他の一人が答えました)「いや、わがね(だめだ)、とんねで(取らないで)」
「よろしいですか」は、盛岡弁では「よがんすか」となります。それに答えて、良いときは「よがんす」と言い、駄目なときは「わがねがんす」とか「わがね」などと言います。「わがね」は「わからない」という意味から、納得できない、駄目だ、という意味になったものです。
「よがんすか」「よがんす」を敬意を省いて言うと「いーが」「い」ときわめて短い言葉になってしまいます。丁寧にすると「いい」の元の形「よい」が現れてきて、「よい」が「いい」と同じであることがわかります。
「いーが」「よがんすか」は以上のように、あることをしてもいいのかどうか、許可、了解を求める表現です。
A(二人の女性が人物評をしています)「あのひとぁ、いーひとだなっす(いい人ですね)」
「いや、なに、いーふりこいでらんだ(いいふりをしているんだ)。おらぁ、すぎでね」
この場合の「いー」「わりぃ」は、人柄などについて、その良し、あしを言ったものです。そして、良い人か、良くない人か、というのは人間を評価するときの代表的な言葉になっています。
B(久しぶりにあった人に尋ねました)「しょうばいのほぁ、なんじょだえ(どうですか)」
「んー。まんつ、まんつ、いまのどごろぁ、いくてら(順調にいっている)」
「そりゃ、いがったごど(良かったこと)」
「いくてら」というのは、「良くいっている」の変化した言葉で、順調にいっているということ、「いがった」は、「よかった」の変化した言い方です。
C(ある男女についてうわさ話しています)「あのふたりぁ、ちかごろ、いーづじゃ(仲がいいそうだ)」
「んだ、どうも、くしぇーなー(あやしいなー)。なにがあるごった(多分何かあるぞ)」
「いーづ」は、主語を省略したもので、仲が良いそうだ、ということです。「づ」は「という」が変化した言葉で、伝え聞いたというときの表現です。土地によって、また人によって「ちゅう」や「つう」「づー」などと言う人もいます。
D「しなものぁ、なんじょでがんした」
「んー、たいした、いがった。いーものでがんしたよ」
(別の一人が言いました)「あんまり、いぐねがったな(良くなかったな)」
「いがった」は良かった、「いぐねがった」は良くなかった、ということで、この場合、品物の良しあしについて言ったものです。
E(待ちかねている男が尋ねました)「はー、いーが(もう、いいか)」
「まだだ。まだ、ちょっとごま(ちょっと)、まってでけろ」
(それでもなかな出てきません。男はいらいらして怒気を含んだ声で尋ねました。)
「いーんだ、はー(いいんだ、もう)」
「もうぺっこだ(ちょっとだ)。ぺっこ、まってけろ」
(それでも出てきません)「まだが」
「は、いーよ(もう、いいよ)」
「いーが」は、もう良いか、十分か、と聞く表現ですが、「いーんだ」は、もうそれで良いだろう、十分じゃないか、と幾分相手を非難するような意味が生じてきます。 (岩手医大教養部教授)
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