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盛岡天満宮の境内を見学するこもんじょ館の会員たち |
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近世文書研究所(工藤利悦所長)の近世こもんじょ館の会員13人が4日、盛岡市の新庄一帯を歩いて「盛岡砂子」の旧跡を探索した。盛岡砂子は江戸後期のタウンガイド。会員たちは内容にあるポイントに沿って盛岡市内を探索しており、今回は八幡宮から天満宮にかけての神社仏閣を訪ねた。
一行は盛岡八幡宮から盛岡地方気象台に向かい、新庄観音を見学したあと盛岡天満宮を詣でた。本殿に入って副島種臣や新渡戸仙岳が書いた扁額を見て、学問の神様の格式を感じ取っていた。境内では啄木ゆかりのこま犬、銭湧石、筆塚などの名物の由来を聞いた。
八雲神社は天満宮と住吉神社の間にある小さなお社。会員の渡辺新一さんが「八雲神社は新庄村の村社だった。この神社は昭和20年、30年ころまでは栄えて、その後は荒れてしまった。境内の桜の木は落雷で一時は枯れたが、今でも花を咲かせている」と解説した。
住吉神社では新しい社殿の奥に本殿を見学。さや堂に覆われた200年前の立派なつくりに感心していた。渡辺さんは「このあたりは昔は藤ヶ森と言って、南部さんが別荘をつくっていた。立派な藤があったので藤ヶ森と言ったという」と説明した。
住吉町、天神町、新庄にかけての住宅街は当時は田園風景が広がり、寺社がいくつも連なっていた。参加者は盛岡砂子の内容を実際に見聞して、当時のたたずまいを思い浮かべていた。
前九年から参加した高橋玲子さんは「いつも通っているところに素晴らしいものがあることを知って再認識するものがありました」と話していた。
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