■ 〈胡堂の父からの手紙〉28 八重樫勲 万が一もストライキに加わることのないように
|
■47 巻紙 明治34年2月28日付
宛 盛岡市馬場小路照井勝知方
発 紫波郡彦部村
前畧 近来新聞紙ニ蝶々スル中学紛擾問題ハ過日モ忠言セシ如ク今后高五六ヶ月及至一ヶ年ノ処々ニテ若シヤ先生方ニ不信任ヲ被リ不幸等ノ事アツテハ自己ノ不利益ノミナラス如斯事ハ前途多忙之者決シテ干渉セサルモノニ有之候、四年生ノ身分ヨリ見ル時ハ実ニ小少事ニシテ自身ノ勉励スヘキ学業ヲ粗漏ニシテ他人即チ先生タルへキモノゝ非ヲ揚クル等実以テ不徳義人物トシテ却テ自ノ卑ヲ他人ニ紹介スルモノ夫共一二回ナラス毎歳如此紛擾ヲ起シ盛岡中学生ノ心底無教育ノ嫁姑舅ノ讒妨(謗)スルモ同様他日恩父ニ対テ必ラス紛擾ヲ起醸スナラント豫想セラレ候、人ヲ責ムルヨリ自身ノ本分ヲ守リ余事ニ関係ナク科(課)業ニノミ従事シ眼前行先キノ学校ニ目的通入学セシムル様可致候、万ヶ一モ加担セサル様可致殊ニ試験成蹟(績)何分良好ヲ得テ十番以内可成五六番ニ昇級スル〔様〕専ラ努ムベシ、紅(膏)血ヲ絞リ学資ヲ費消セシムルハ先生攻撃ノ為メニアラス、能ク遺(以)心傅心ニ腹蔵可致候、
俳句小説等ハ一切眼光ニ不振(触)様可致候、経費ノ節険(倹)ハ乍毎度最モ注意可致候、余ハ後便ト申残、早々
二月廿八日 野村長四郎
野村長一殿
【解説】「前略、近頃新聞紙上に騒がしく報じられている中学校のストライキ(紛擾問題)は、過日にも忠告したように、あと5、6カ月ないしは1カ年の在学期間のところで、先生に不信感をもたれて退学等の不幸があっては自分の不利益になる。このような事は前途多忙な者の決して関わることではない。4年生の立場でこのようなことに関わって勉強をおろそかにし、先生の非を上げるなどもっての外であり、不徳義人物としてかえって自分の卑しさを他人に知らせるものである。それも1、2回ならず毎年このようなストライキ問題を起こし、盛岡中学生は、無教育の嫁姑舅のけんか同様である。このようなことをしていると、将来恩ある人に対して必ずやもめごとを起こす人になる事が予想される。人を責めるより自身の本分を守って、そのようなことに関わらず勉強のみに専念し目的の学校に入学できるようにすること。万が一もストライキに加わる事のないようにすべし。ことに試験の成績が良好な結果を得て10番以内なるべく5、6番に上がるよう努力すること。膏血を絞った学費を遣わせているのは、先生攻撃のためではない。この事を以心伝心によく腹に据えるようにすべし。俳句小説は一切眼に触れないようにすべし。経費の節約も毎度ながら最も注意すること。余は後便に申し残す。早々」という内容。
当時の盛岡中学校のストライキ事件は、胡堂も随筆に書いているし、啄木の短歌や文章にも出てくる有名な事件である。
この事を新聞で知り父長四郎が大変心配し、この書簡で懇々と諭している。親心が如実に出ている切実な書簡である。この親の心配を他所に、実は長一は主要な首謀者の一員であったのである。
この書簡で見るに、どうも盛岡中学校では毎年年中行事のようにしてストライキ問題が起こっているようである。この項長文になったので、次の手紙の項で、胡堂の随筆等を紹介したい。
|
|
|
|
|
|
|