2005年 10月 12日 (水) 

       

■ 〈盛岡ことば入門〉265 黒澤勉 かちょべねぇなあ

 一八三、消えかかっている不思議な言葉たち
 
  今回から、今や消えかかりつつある、死語と化しつつある方言を形容詞を中心として紹介していきましょう。盛岡弁には一体、どこからこんな言葉が生まれたのか、正体のわからない、不思議で、面白い言葉がたくさんあります。それを味わいながら書き進めていきたいと思います。

  @重みがない−かちょぺねぁ
  重みがない、軽々しい、へらへらと軽はずみな口をきく−そんなことを表す言葉が「かちょぺねぁ」です。『南部のことば』では「かちゃぺない」と表記しています。

  「かちゃぺなし」と言うと軽はずみな人ということです。東北地方各地に「かちゃばない」「かそべない」「かとべない」という言葉があり、広く使われていたようです。盛岡弁では「あのあねこ、きれーだども(きれいだが)、かちょぺねおんな(軽はずみだね)」などと言います。「かちょぺねぁ」・・・発音も面白い、不思議な言葉だとは思いませんか。

  Aすごく、ずいぶん−かっきぁね
  「かっきぁねー(すごく)、おもしろがった」「おめぇのはなすぁ、かっきぁね(めちゃくちゃだ)」「かっきぁねーやづだ」「かっきぁねー、よくたがりだ(欲ばりだ)」「あすごぁ、かっきぁねー(ずいぶん)ざいさん(財産)ある」などと言うときの「かっきぁねー」は、限りがない、この上ないという意味です。「この上なく〜」というように強調するときに使います。

  「かっきぁねーやづだ」と言うと、大ぼら吹きだという意味になるのも面白い現象です。「かっき」は「限り」から生まれた言葉で、「かっきり」と強調し、末尾の「り」が脱落したものでしょう。つまり「限りがない」がこの「かっきぁねー」の正体だと思います。

  B遠慮がない−いぎなりだ
  「むがしのひとぁ、いぎなりなごど、そったもんだ(言ったものだ)」「いぎなりなひとだ(無遠慮に話す人だ)」などと言うときの「いぎなり」とは、思い切った、遠慮のない、という意味です。「いきなり」を突然という意味から、このように考えなしに、配慮なしにという意味に転化させて使ったのはなるほどと思います。

  盛岡弁研究会の仲間の証言(?)によると、昔の人は、口が悪く、「ばが」とか「あほ」「こばがたれ」などと平気で人をあし様に言う「いぎなりな」人が多かったといいます。

  C勝手だ−かってすげぁ
  「じぶんのかってすげぇに、ものきめる」「あすごのばさま、かってすげぇだ。あれでばり(あんな調子でばかり)くらしてきたんだもの、たいしたもんだじゃ」などと言うときの「かってすげぁ」というのは、おそらく「勝手すぎる」の変化した言葉で、自分勝手という意味で使います。

  D良くない−かばすぐねぇ
  「ちかごろ、からだあんべぁ、かばすぐねぇ(良くない)」「しょうばいぁ(商売が)、どうもかばすぐねぇ(順調でない)」などと言うときの「かばすぐねぇ」は「かんばしくない」の変化した言葉です。

  「かんばし」は「かぐはし」が変化した言葉で、もともとにおいが良いということです。ところが、それが「かんばしくない」という打ち消しの形で使われ、においが良くない、というところから、一般に、良くない、順調にいかないというような意味になりました。

  E寂しい・あっけない・情けない−ぎぁね
  「あのひとぁ、しんだづー。ぎぁねなす(寂しいね)」「ぎぁねごどしたなす(気の毒なことをしました)」「なんぼおしぇらえでも、おべらえね。ぎぁねども(情けないことに)おべれね」などと言うときの「ぎぁね」は、寂しいとか、気の毒だという意味です。「がやない」とも発音されているところをみると、あるいは「かい(甲斐)がない」というところから生まれた言葉かもしれません。

  「生きがい」「忠告のしがい」などというときの「かい」で、そのききめ、する値打ちがないというところから、空しく、あっけなく、それが寂しい、気の毒という意味に転化したとも考えられます。
(岩手医大教養部教授)


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