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絶筆(F50号、2003年)
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2004年に95歳で他界した、盛岡市の平舘清七さんの遺作展「想(おも)いをたどる」が6日まで、同市中ノ橋通1丁目のギャラリーおでってで開かれている。18歳のときの油絵第1作「秋の夕暮れ」(1926年)から、03年の絶筆まで45点が展示されている。
平舘さんは1908年(明治41年)大東町に生まれた。30年に岩手師範学校卒業後、小学校の教員として39年間勤務。戦中、戦後の材料不足と、多忙な教員生活のため、制作を休み、定年退職した68年以降に、本格的な制作を開始した。
具象から半具象、心象へと作品は変遷。晩年の作品に多く見られる、画面を分割する試みには、80歳代から取り組み始めた。色彩は茶系からグレー系へと移り、晩年はガッシュ中心だったこともあり、精選された澄んだ色を多く使うようになった。
絶筆となった描きかけの油彩(03年、F50号)は、イーゼルに設置したままの状態で展示。絵の具や筆などの画材や、イーゼルの側に置かれた人形など、アトリエの雰囲気をそのまま会場に持ち込んだ。
具象作品の中には女性を描いた作品も多い。長男の徹さんは25年前に他界した「母の面影が出ているのかな」とも思う。母の命日は3月27日。死期迫る平舘さんは04年3月に入ってから「27日に、おばあちゃんのところに行く」と家族に宣言。1日早く26日に旅立った。
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「時は流れて」(2002年) |
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平舘さんが20年以上講師を続けてきた一期会とホワイトキャンバスのメンバーの間から、5、6月ごろに遺作展開催の話が持ち上がった。
徹さんが、残された500点以上の作品の中から約300点にしぼり、現展岩手支部の役員が、さらに45点を選んだ。
同岩手支部の加藤昭夫支部長は「技術的な指導だけでなく、絵を描くことは人間をつくることと、その言動から示してくれた。指導するときも、自分のものを押し付けるのではなく、その人らしさ、個性を大切にしていた。先生の存在は、自分たちの精神的な支柱だった。本展では改めて、先生の偉業を認識した」と言う。徹さんは「たくさんの人に見てもらえれば、父も喜ぶと思う」と話している。
68年、第24回現展(現代美術家協会)に初出品し入選、新人賞受賞。会友に推挙。72年、第28回現展で会員に推挙。現代美術家協会岩手支部創設、支部長に就任。84年教育功労者として勲五等瑞宝章受章。97年県教育芸術祭賞受賞。
午前10時から午後5時半(最終日は同4時)まで。会場には平舘さんの孫の美佳子さんの油彩作品も展示されている。
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