2005年 11月 6日 (日) 

       

■ 大慈寺小児童が原敬の生涯を舞台化 学習発表会で披露

     
  原敬の生涯を劇化した6年生の舞台発表  
 
原敬の生涯を劇化した6年生の舞台発表
 
  盛岡市立大慈寺小学校(四井謙吉校長、児童192人)で4日、学習発表会が開かれ、6年生が来年2月に生誕150年を迎える原敬の演劇を舞台発表した。同校は原が眠る大慈寺が目の前で、盛岡が輩出した偉人の中でも最も親しみを感じる先人の一人。原敬の足跡や功績を調べ、約30分に原の生涯をまとめて上演。下級生や父母たちの喝さいを浴びた。

 6年生は総合的な学習の時間で郷土の偉人を研究。新渡戸稲造や米内光政らを調べた中で、原をさらに調べて発表会で上演することにした。

  集めた資料を整理して担任が台本に起こし、それを基に児童が脚色し、限られた上演時間で原の人物像を明らかになるよう工夫。そうして劇研究発表「郷土の偉人とわたしたち〜原敬」という作品が出来上がった。発表会の少し前には、大慈寺に行き、境内の落ち葉を掃き集め、原の墓を拝んだという。

  幕開けとともに金田一京助ら郷土の偉人を紹介。最後に原を紹介し劇が始まった。少年時代、作人館での教えと、将来の平民宰相につながる立志、上京に秘めた思いなどを伝えていく。のちに屈辱を晴らす原の原動力となった「一山百文」も落とさない。

  そして白髪の政治家となった原が舞台に。分家して平民となり、貴族院ではなく衆議院で国政に入った原の信念を伝え、政治家として全国への鉄道敷設、高等教育の充実、皇太子の外遊といった政策をその意義とともに表現した。

  そんな原を襲った1921年11月4日、東京駅での暗殺。遺言がナレーションで読み上げられ、クライマックスを迎える。監督の児童が一番考えた場面。盛岡の大慈寺に埋葬せよという遺言は、舞台の背景の一つに使った大きな岩手山と結びつき、原の郷土愛を無言のうちに伝え、最後は「ふるさと」を合唱した。

  上演後、児童たちは観客を感動させることができ「大成功」と充実感に満ちていた。

  今回の学習を通じて「ほかの人を差別しないで平等を考えた優しい人だった」「何事にもくじけないで、最終的にやり遂げようという人だった」といった原の人柄を感じた児童。「原敬が国民のことを持って政治をしたように、ぼくもほかの人を大切にしていきたいと思った」「平民、国民中心の、皆すべてが良くなるように考えたことがすごい」と、自分たちの生き方にも感化されたようだった。

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