2005年 12月 7日 (水) 

       

■ 谷村元矢巾町長が死去 町発展の基礎をつくる

 元矢巾町長の谷村長三郎氏が6日午後0時45分、矢巾町広宮沢の特別養護老人ホーム志和荘で老衰のため死去した。95歳だった。谷村氏は旧徳田村長、矢巾町助役を経て1967年4月30日から91年4月29日まで24年間にわたり矢巾町長を務めた。農工商の基盤を整備し町発展の基礎を築いた。
11月9日にあった町合併50周年式典から約1カ月、発展する町の様子に安心したように静かに亡くなった。火葬は10日午前10時から同町白沢6地割の矢巾斎苑で、葬儀は18日午前10時から同町室岡11地割の農村環境改善センターで行われる。葬儀委員長は川村光朗町長、喪主は2男で同町議会副議長の雄二氏。自宅は同町北郡山1の81。

  谷村氏は10年1月27日に旧徳田村に生まれ、29年に盛岡夜間中学を卒業後、農業に従事、33年9月徳田村書記、43年から47年まで1年間の兵役をはさんで徳田村収入役、47年から55年に合併するまで徳田村村長を務めた。

  社会福祉協議会長を95年に退任後、入退院を繰り返し03年6月から志和荘に入居していた。

  元町議会議長の谷村規矩三さんは3期12年、谷村町政をみてきた。「そつがない人、答弁にしても演説にしてもすきがなかった。谷村町長の手腕により流通センターや、下田の工業団地が整備され、農業ではほとんどのほ場整備を済ませた。田園都市構想を目標として都市計画を進め、住居地域、農業地域の区割りをはっきりさせて虫食い状態の開発を防いだ。それが県下で代表的なものになった。谷村町長の築いた基盤に乗って、それに改善を加えているのが今の矢巾町政」と、先見性のあった高い行政手腕を評価。死去を惜しんでいる。

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