2005年 12月 11日 (日) 

       

■ 〈盛岡百景〉49 わんこそば 薬味を替える楽しみも

     
  盛岡で行われている全日本わんこそば選手権  
 
盛岡で行われている全日本わんこそば選手権
 
  胃袋自慢の猛者が県内外から盛岡市に集まり競う全日本わんこそば選手権。わんを片手に持ち口元からあまり離さず、そばを流し込んでは、お給仕さんから放り込まれる。目の前に積み重なっていく平椀(わん)が、胃袋の中を想像させる。一番食べた人が勝ちという単純なルール。それは市内のわんこそば屋で出されている食べ方を競技化したものだ。店ではゲームと言ったほうがいいだろう。大勢でにぎやかに楽しむ。つらそうな表情も話題の種になる。

  盛岡と花巻の名物だがルーツは諸説ある。有力な幾つかを紹介してみよう。南部氏27代利直(初代盛岡藩主)が江戸への道中、花巻で椀に盛られたそばを地元の人々から出された説。明治、大正に活躍した原敬が、そばはわんこで食べるに限ると言ったからという説もある。

  そして岩手(主に旧盛岡藩)にあったお立ちそば、またはそば振る舞いという宴席の風習からという説。大勢にゆでたてのそばを食べてもらうにも、どんぶり盛りでは追いつかないため、椀に少量ずつ盛ってゆであがる順にお代わりを出したというものだ。前の2説は説話としてはあっても、起源となると、そば振る舞いの説が有力に思える。浄法寺塗や秀衡塗に代表される古くからの漆器文化も背景にありそうだ。

  原敬の説話は盛岡でのわんこそばにかかわっている。老舗そば屋・直利庵の専務松井裕子さんによると、祖父弥兵衛さんが原別邸の宴席のため、そば打ちに呼ばれた。その際、原は客人に椀でそばを食べさせた。ほかの料理人も呼ばれ、宴席にはたくさんの料理が並んだはずだ。椀のそばに代わる代わる料理を合わせて食べていた光景が、弥兵衛さん頭に残っていたのだろう。戦後の1950年ごろ、もう1軒のそば屋を誘ってわんこそばを始めたという。イクラやナメコおろし、刺身などを薬味に用意して椀1杯ごとに薬味を替えて味わった。

  今日のようにゲーム性が高まってきたのは70年ごろかららしい。観光客らには独特の地域文化に触れるのも楽しい。しかし、そばを味わう余裕のないのも事実。「普通は1種類のそばしか食べられないが、わんこそばならいろんな味を楽しめる。ゆっくり食べていろんな薬味の味の変化を楽しんでもらいたい」と松井さん。原点に返ったスタイルなら、市民も繰り返し食べることができるのではなかろうか。双方の楽しみ方を共存させたい
(井上忠晴記者)

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