2006年 1月 3日 (火) 

       

■ 〈原敬生誕150年〉原を知る15のキーワード「教育」

 経済立国−。第2次世界大戦の敗戦国となり、焼土からつくり上げられた日本は、産業によって国力を高めていった。産業立国とも言い換えられ、それはさかのぼって1918年9月、原を総理とした日本初の本格的な政党内閣が掲げた重要な政策の柱だった。国民の生活を向上させ、国際的にも日本の地位を上げるための産業の振興には、人材の育成が基本になる。4大政策の一つは教育の改善で、原は高等教育機関の充実などを推進した。

  主な教育施策を列記していくと、同年、大学令を公布し官立のほか公立、私立、単科を認め、予科を置くことも可能にした。高等学校令を公布し公立、私立を認め7年制を本体とした。翌年は帝国大学令を改正し文科大学を学部に。22年まで計17校の官立高等学校が新設され、20年には慶応義塾、早稲田が私立大学に認可され、26年までにほか20校が認可された。20年は高等女学校令を改正し、21年には職業学校規定を制定し、職業学校が制度上でも認められる。

  東北帝大、北海道帝大、九州帝大の設立にも、開学資金への原の奔走があった。

  賊軍として苦汁をなめた旧藩の出身。藩閥と呼ばれるように、逆に出身地だけで才覚も関係なくポストが与えられる理不尽。教育の機会を広げ、実力と努力によって将来への道が開ける、まっとうな姿を実現したい気持ちもあったに違いない。

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