『でたらめ』には、えんび服や帽子のことなど装いのことも書いてあるが、マナーと換言したときに多くの人が真っ先に浮かぶ食事のことも書いている。
「洋食の事」「洋食の食(い)方」と、何々するべからず的な表現もあるが、結局はどこかで読者の気をほぐしている。極めつけは「心配に及ばぬ」というコラムだ。「洋食のことをやかましく言うと、ずいぶん困難する人もあるであろうから一言しておきたい」と始まり、一通りのことを覚えたら、あとは臨機応変でよく、あまり堅苦しく考えないで、「一通りのいわゆる常識をもって考えていけば大概よろしいのである、何もそれほど心配するに及ばない」と結ぶ。
さらにコラムは「食事後の注意」と発展。「不思議に感ずるのは食事が済めばただちに帰るということ」と、記者は書く。「食事中るると談話をし、また食事が済んでからもしばらく打ちくつろいで談話をするのがその宴を催す趣意である」とし、すぐに立つのは実に不体裁極まる話と断じる。西洋人との交際では特に注意しなければならないと戒める。
原敬記念館には鶴鳴軒というレストランで原が食事した際の注文票や領収証が展示されている。ビーフシチューにビフテキ、カレーライスなどの洋食メニューが書かれている。
コラムでは過剰に心配しないようにと寛大なところを見せているが、自身は礼儀作法を折り目正しくわきまえていたに違いない。日中、洋服で出かけても、夜に和食の会食があるとなれば帰宅して和服姿で出かけたぐらいだから。
原の礼儀作法へのこだわりは、欧米の生活に触れた体験も大きな要因だが、藩家老の家で厳格にしつけられたことが根底にあるのではなかろうか。
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