2006年 1月 3日 (火) 

       

■ 〈原敬生誕150年〉原を知る15のキーワード「鉄道」

 原は総理時代、山田線の建設計画を提出させる。国会で「総理はそんな山奥に鉄道を敷いて、山猿でも乗せる気ですか」と皮肉たっぷりに質問された原は「よく調べてもらえれば分かることですが、日本の国有鉄道法では、山猿は乗せないことになっています」と答弁したと言われている。

  今なら、国会は空転しただろう内容の発言だが、当時はどうだったろうか。

  原内閣の4大政策に交通・通信機関の整備が挙げられる。全土への鉄道網整備は、25歳だった郵便報知記者時代に北海道、東北、関東の一部を取材して回った見聞が基本となっている。

  この取材は「海内周遊日記」として新聞に連載され、原本ともいうべき「周遊日記」には57項目の基本的考えがまとめられ、日本の道路は馬車より先に鉄道を開くべき、天下の開化は交通より起こるなどと交通の重要性を指摘している。新聞社説にも「都鄙隔絶の弊を論ず」の見出しで掲載。東京中心の世の中に変わってから地方格差が拡大しており、地方の交通整備により是正することを主張している。

  1900年に鉄道所管の逓信大臣就任、08年に内務大臣と逓信大臣を兼務、11年に鉄道院総裁。ときに財政難から予算確保が難しい局面では職をかけたことも。原内閣では、20年に鉄道省を設置、149路線、1万キロにわたる鉄道建設法案を提出した。

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