原敬記念館が年間4コマで開講している講座「原敬日記を読む」。今年度も約20人の市民が熱心に日記を読み、原の生き方や考え方、業績を学んでいる。平民宰相と呼ばれる政治家としての業績は大きいが、原は大政治家にとどまらず、多面的な足跡を残しており、人生すべてが学ぶべき存在で、まさしく偉人にふさわしい。郷土の偉人を学ぶ受講者の1人、盛岡市の畑中昭介さん(77)に話を聞いた。
参加したのは5年ほど前。以来、毎年度受講している。「68歳まで現役で仕事をして、学徒動員を体験した戦中派で、勉強をあまりしなかった。勉強をしないと世の中についていけないし、勤務時代に実務を通していろんな勉強をしたが、昔のことがさっぱり分からないということで、現役を終えて若干暇もできたから勉強してみようと」。木村幸治・原敬記念館長から「日記を勉強してみないかという話があり、俳句もやっているので勉強しようと行った」のが始まりだった。
「日記は難しかったが、勉強して素晴らしい人だ」と感じた。盛岡商業高校の90周年史発刊では「戦時下の青春譜」という学徒動員をテーマにした章の編集責任者を務めた畑中さん。戦争に対する思いは当然持っている。
「歴史は繰り返すというか、過去にこそ将来の道標があるという言葉があるが、結論から言うと、百世之師だろうと思っている。わたし自身にとってはこういう人だなと。昔のことをもっと勉強していくと、日本は間違わないで進むことができる。植民地政策を進めた結果として戦争があった」。どの世代かにかかわらず学ぶべき人物だという。
「原さんの考え方を見ると、日本はあの当時、ずいぶんひどいことを中国に要求(大隈内閣の対華21カ条)しているのに対して、それはいけないと言っている。原敬日記を見ていると先見性があった。現在の反日感情に対しても分かるようなところがあるが、原さんは話し合いで解決しようという人だった。もう少し早く出ていればその後の世界情勢が変わったと思う」
「ジャーナリストをやったし銀行の頭取もやっているし、すごい人が政治家になったなと。勉強するまでは分からなかった。いろんなことを勉強して自分のものにし、最終的に政治の場を通じて自分の理想とするところを具現した人だと思う」と、原の多方面の経験と大局を見る判断力に感心させられる。
大慈寺小学校の卒業生。「立派な人がいたものだと思っていた」という。「郷土愛の強い人だし、身内に対しては徹底して思いやりのある人。こうやって勉強してみると、情報の取り方はうまいし、根回しが上手だと分かる。藩閥政治の壁を乗り越えて、ある時は敵に回し、ある時は利用、活用しという使い方は上手だ」と感じている。
講座に参加してよかったと思っている。
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