元都南商工会会長、元盛岡市議の吉田栄佐己さんは1970年代に、旧都南村にニチイ(現在のサティ)が出店した際に地元と企業の調整に当たった。その際の経緯を聞いた。
−ニチイが出店したときの対応は。
吉田 来る以上は地域のためになるようにと行政と企業に要望書を出し、両方からの支援をもらった。一番大きいのは地元の人がテナントに入るときの有利性。行政には地元商業者の将来の転廃業のあり方について情報収集と予算的配慮をもらった。的確な現状掌握と将来の見通しが重要なポイントと思って対応した。そういう対応の仕方が今も大事だ。ともすると消費者本位で、産業構造の担い手だった小売業への理解が不足していたが。
−ニチイ出店の影響は。
吉田 ニチイが出たことで立ちゆかなくなる店が出た。都南サービス連盟は105店から23店に激減した。壊滅的な影響が出て懸念通りの事態が起きた。10年もたたずに減少の一途をたどった。ここは車の交通量が飛躍的に増えた。国道を横切るにも川久保から信号機があるのは3、4カ所。都南は商店街がなかったから影響が大きかった。駐車場無料のニチイができたことで影響を受けた。
−出店の際に村で商調協をつくったのか。
吉田 村には商調協がなかったから盛岡市も入ったもの(都南広域商業活動協議会)をつくった。東北6県の村では初めてだった。通産省にも行ったが、当時は都南村などに大型店が来るのかという感じだった。しかしそれで進出するニチイと岩手ビルも真剣になって地域の理解と把握に努め、再認識したのではないか。今の大型店を見ると一方的企業感覚で、最初から共存共栄はないという感じではないか。同じ大型店でも大分差があると思っている。やはり商調協がないというのが大きい。ニチイの本社に行ったら一緒にやろうという意識を強く感じた。商調協の設定は大きいウエートを占めていた。
−ニチイがマイカルのサティになり、3月で閉店することになった。
吉田 この地域に中規模の量販店が大変多く出たことがあるし、花巻や北上にも出たし、位置付けが弱くなっていったのではないか。今はマックスバリュなどができている。やはり進出する大型店自体が共存共栄でやっていかねば繁栄しないのでは。
−大型店出店による都市化は盛岡、都南の合併に影響したか。
吉田 核店舗の進出で地域全体の拠点が点から線に変わっていく。ニチイが出たことで区画整理事業の反対が賛成に回ったりしたし、流通の意識が一変した。村民意識は農村から都市化した実感を一番感じた。ニチイができたことで買い物への考え方が変わった。変わらざるを得ないと感じたので変わった。来る以上は来てもらって良かったという環境づくりが必要だ。いい面もあった。合併につながる話もあった。
−今後の大型店問題は。
吉田 イオンが二つできれば盛岡の街づくりを頑張らねばならない。イオン周辺も随分変わったし、都南は市場跡にユニバースが入る。世の中や地域の変化は大きいものだ。消費者ニーズに応えることも行政には大事なことだが、地域づくりはどうあるべきか、ただ来る者が来るだけではすまされない時代になったのではないか。
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