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藩政時代からの伝統を次ぐ鈴木主善堂12代の鈴木忠兵衛さん |
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盛岡市南大通の鈴木主善堂は、1616(元和2)年の創業。盛岡の南部鉄器の老舗の一つだ。代々受け継がれた鋳造技術が生み出す鉄器は、全国からの注文が絶えることがない。近年は公募展などで新しいスタイルの鉄器も出てきているが、12代鈴木忠兵衛さん(76)は「まずは実用的で使いやすいこと。お湯をわかすという目的をはずしたら鉄瓶ではない。その上でどのように美を出していくか」と、信念を持って伝統を継承する。
盛岡を代表する伝統工芸品の南部鉄器は、約400年前から代々の藩主南部家に保護育成され、現在まで受け継がれてきた。
鈴木主善堂の鉄器は、型の製作から完成までに40数工程。注文を受けてから早くて1カ月、御釜(おかま)になると半年は製造期間を要する。客を待たせてしまうことになるが、茶道の各流派にも信頼が厚く、茶会に合わせた注文も少なくないという。
南部鉄瓶でわかしたお湯は透明でにごりがない。鉄瓶内側の酸化膜に秘密があり、水に含まれる塩素分など余分なものが付着し、くせを取ってくれてお茶やコーヒーがおいしく飲める。
「南部鉄器にかかわる人が減った今だからこそ、本物が求められているのでは」と話すのは、同門作家の鈴木忠一郎さん。
鈴木家は南部家に鋳物師として召し抱えられたが、南部家が盛岡を居城とする前の三戸時代から鋳物にかかわっていたと伝えられる。
7代忠七(1828年襲名)は、大島高任らと釜石製鉄の日本式高炉築造に参画し、本県工業の近代化に貢献した。鈴木主善堂には、7代がかかわったという大砲の図面も残っている。
忠一郎さんは「代々南部鉄器にかかわってきたが、いずれ土に返るものを作っているということが、物づくりとして気持ちが治まるところ。技術は、誰かが持っていなくてはならない」と、継承に情熱を注いでいる。
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