2006年 1月 1日 (日) 

       

■ 〈盛岡ブランドってどんなもの〉南部家の至宝 目にも鮮やかな美術工芸品

 盛岡の歩みは南部家の歴史でもある。1597(慶長2)年、26代南部家当主の南部信直が盛岡城を築城し、城下町として栄えるようになったのが盛岡市の始まりといえる。

  現在、南部家の資料のうち約1万8千点が盛岡市愛宕町の盛岡市中央公民館(高橋清明館長)に所蔵されている。さまざまな企画展を通して市民の目に触れる機会はあるが、あまり知られていない資料も多い。

  南部家資料の中でも全国的に見て大変貴重なものの一つに盛岡藩家老席日誌「雑書」と呼ばれるものがある。これは歴代の家老が管理した現在の勤務日誌に当たるもので、藩士の人事や年始のあいさつの順序などの職務に関するものから、岩手山の噴火などの災害に関するものまで幅広くつづられたものだ。この雑書は1644(正保元)年から1840(天保11)年までの197年間つづられており、現在190冊が同公民館に所蔵されている。

  2003年には約8千点の資料が南部家から市に寄贈された。この中で白地金銀牡丹扇刺繍小袖、南部定紋散陣羽織などは傷みやすいものであるにもかかわらず、非常に保存状態が良いという。白地金銀牡丹扇刺繍小袖は当時のお姫様が着たとされ、仏への帰依を表す唐獅子牡丹がデザインされている。

  興味深い資料として相撲極伝之書と呼ばれるものがある。通常は丸い土俵で行う相撲だが、盛岡藩では四角い土俵の角相撲と呼ばれる藩主お抱え相撲が行われていた。相撲極伝之書は角相撲の決まりなどを記した現在でいうルールブックに当たる。

  これらの南部家の資料は、市が県立博物館跡地に整備を目指す盛岡市博物館で展示のメーンになる予定。

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