2006年 2月 5日 (日) 

       

■ 〈胡堂の父からの手紙〉45 八重嶋勲 山口へ近づき手蹟の指導受けてはどうか

 ■76 巻紙 明治35年2月20日付
 
  宛 盛岡市内日影門外小路南部小枝方 発 彦部村
前略陳者新渡戸宗助則(すなわち)元花巻ニ郡長セシ人住所番号ヲ要スル義有之候得共当地ニ知者無之困リ居候ニ付盛岡市鷹匠小路壱番戸邉ト聞及タル事有之其邉聞配致シ至急回報相成度候、
旧十五日二午后よリ帰宅スル事ニ候ハゝ其際ニテモ宣敷有之候、右要事迄、早ゝ
  二月廿日        野村長四郎  野村長一殿
可相成ハ帰宅スル際山口ヨリ依頼書物持参可致
座額之類ハ用紙之余分迄書貰ヘ(ヒ)受持参スル様ニ可致候、此序テニ山口ヘ近付ヲ求手蹟之指南ヲ受ケ候可相成候、若シ都合宣敷ハ旧十五日之夜幻燈器械ヲ借受(佛経学生教育)ノ内一泊丈秘密ニ持参スル事得ルモノトセバ好都合ニ有之候、夫共事六ヶ敷キ次第ニ候ハゝ止シテ可然候
 
  【解説】「前略述べれば、新渡戸宗助、元花巻の郡長をした人の住所番号を必要とすることができた。しかし、当地に知る人も無く困っている。盛岡市鷹匠小路1番戸辺りと聞いたことがあるのでその辺聞いて至急回報してほしい。旧15日の午後帰宅するのであれば、その際でもよい。右用事まで。早々。

  (追伸)なるべくは、帰宅する際に山口(剛介)より依頼の書物を持ってくるように。座額(?)の類は、用紙の余分まで書いてもらい持参するように。このついでに山口へ近づき手蹟(書道)の指導を受けてはどうか。もし都合がよければ旧15日の夜、幻燈器械を借受け、(佛経学生教育)の内1泊だけ秘密に持参できるものとであれば好都合だが、難しいのであれば止めてもよい」という内容。

  新渡戸宗助という花巻の元郡長をした人の住所は盛岡市鷹匠小路1番戸辺りということだが、新渡戸稲造の生誕地も鷹匠小路である。何か関係のある人のように思われるがどうか。

  山口剛介とは、当時岩手を代表する盛岡の書家。親しく呼び捨てにしているあたり、山口剛介が、紫波町二日町の長岩寺住職菊池智賢について仏学を修行したということである。年齢も父長四郎の1歳下で、その当時から相当親交があったように思われる。

  そこから幻燈器械を借りて来させ、近所の人々に見せようというのも当時として面白い記述である。

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  前回、八甲田山雪中行軍の生き残り阿部卯吉のその後の消息を記した手紙を紹介しましたが、そのとき掲載が間に合わなかった阿部の写真を今回掲載します。

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