2006年 2月 7日 (火) 

       

■ トルコのカマン遺跡発掘の大村幸弘氏が盛岡で講演

     
  中近東文化センター主任研究員、アナトリア考古学研究所長の大村幸弘さん  
  中近東文化センター主任研究員、アナトリア考古学研究所長の大村幸弘さん
 
  盛岡市上田字松屋敷の県立博物館で2日、冬季文化講演会が開かれた。同市出身で、中近東文化センター主任研究員、アナトリア考古学研究所長の大村幸弘さんが「トルコ共和国カマン・カレホユック遺跡発掘調査−鉄を生み出した帝国」と題して講演した。

  同遺跡での発掘調査が22年目に入ったという。「なぜカマンを掘っているのか」とよく聞かれるが、東西と南北に道が走る交差点にあるため、各地の文化がこの中に堆積(たいせき)されているだろうと思ったから。遺跡の上の層から丹念に掘り文化の編年、歴史の流れをつくりたいという熱意を持っている。

  直径280メートルの円形の遺跡。一番上の第1層はオスマン・トルコ時代、第2層は鉄器時代、第3層は中期、後期青銅器時代、第4層は前期青銅器時代と、各文化層を確認した。

  第1層と第2層から鉄が出るのは当然だが、出るはずのない第3層から小さな鉄のかすのようなものが出土。分析すると鉄の鋼らしいという報告があり、鉄器時代の始まりを3200年前とした欧米人の定説を覆す結果となった。

  欧米人が作った年表に日本人が異を唱えても、そのまま採用されることはまずないという。証明するためには、欧米の研究者に入ってもらって、同じ遺跡の違う部分を再び掘っていくしかない。すでに、ロシア人の研究者らを交えて作業を開始。「7、8年で確固たるところが出てくる」と思っている。

  発掘を始めた当初、理想を追求しようと話し合った。それは遺物を全部残すこと、次世代を担う子供たちを育てること、遺跡を守ることの3つ。

  遺跡は発掘に携わった現地の労働者に盗掘されることが多く、発掘した次の日には壊されてしまうことも珍しくない。世界の研究者は誰も遺跡を保存していないが「考古学の研究では、遺跡の壁が生命線になる」と、守る活動への取り組みを始めた。

  現在は、遺跡の上の約4千平方メートルに屋根を掛けて保存。自分たちが導き出した説を証明する根拠として、遺跡を守ることの必要性を唱えている。

  次の世代に資料を保存するためには、子供たちを養成しなければいけないという大村さん。自身、小学校4、5年のころは「山岸や浅岸で土器片を集めて喜んでいる子供だった」と振り返る。普通は発掘現場に子供は入れないが、自ら大臣に掛け合って許可を得た。現在、カマンの現場では英米や現地労働者の子供たちが実際の作業に触れている。

  カマンではこれまで盗掘されたことはない。それは現地の人が「自分たちの遺跡」と認識しているから。「遺跡を守るのは彼ら自身。自分たちは文化遺跡とは何かと言葉で言うだけではなく、手を取って教えていくことが、研究調査と同じように大事なことと思う。これからも理想を追い求めていきたい」と話した。

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