前回の出征の歌を見ているうちに、もっとこうした作品を、しんみり、読んでみたくなった。この種の歌は、全体的には多くはないが、それでも相当の量に達するのである。
応召兵運ぶ列車は萬歳の渦掻きわけて歩
廊に入り来る
『潮音』昭1210 藤沢浜治
柵外のとある方より子供らの萬歳の声の
するどくあがれる
『短歌研究』昭1210 四賀光子
この事変が起きた年、わたしは新潟・糸魚川小学校の二年生で、出征軍人の家には学校から、何度も歓送に出かけた。その家は門口に「 祝出征〇〇君」とか「祈武運長久〇〇君」といった幟が何本も立っていたので、遠くからでもすぐにわかった。子供達が整列すると、お酒でも飲んでいたのか、上気した面持ちの青年が台に上がって、なにか挨拶をするのであった。次はしばらくの後、襷をかけた青年を先頭に、駅まで日の丸の小旗を振って行進である。いつも必ず、「勝ってくるぞと勇ましく 誓って国を出たからは 手柄立てずに死なりょうか」と、露営の歌をうたった。
毛の帽の下に輝く瞳(メ)を見ればこの
夜発ち征く兵うら若し
『多磨』昭131 木俣修
出征兵は、それこそ若かったのであろう。子供達は、先生を次のように送った。
いで征かす先生を送ると降りつよき雨の
夜を吾子は旗もちて出づ
『心の花』昭1212 栗原潔子
二等兵の君の写真を教室の壁に張りたり
君が教へ児
『アララギ・支那事変歌集』黒田英雄
次は、わが子(養子)を送った父親の歌
であるが、そのあとは母親の歌をあげる。
死なずあれと言ひにしかども、彼 若き
一兵卒として 征きにけり
『短歌研究』昭1212 釈超空
梶の葉に雨はしぐれて出征(イダ)す子
に今日をなごりの巷もくるゝ
『心の花』昭1212 萩倉さちゑ
次に、わが夫を送った歌は、
今ははや吾が夫(ツマ)ならじ大君のみ
ことのまにま出でたつ御楯
『短歌研究』 昭1210 井戸川美和子
ほほ笑みも今は浮べず端然と挙手せるま
まに汽車ゆるぎ出づ 同
後尾デッキに挙手して立ちしその姿遠く
消えたり君は征きしなり
『多磨』昭151 初井しづ枝
生の緒の最後と夫の手をとれば眼ひらき
てあはれみたまふ
『心の花』 昭139 林政江
鼻すぢのとほりてみ顔うつくしき今は再
び見んよしもがな 同
ほんとうに、どえらい戦争を続けたものである。悲しくなってしまうが、出征の歌の最後に、少しユーモラスな歌を、『心の花』昭1210からあげておくことにしよう。
蕎麦屋の出前を兵と知らざりき今日勇ま
しく送られて征く 鵜木保
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