2006年 3月 1日 (水) 

       

■ 〈盛岡ことば入門〉284 黒澤勉 ひまだれくしぇども…

 一九八、さまざまな臭い、その二−ひまだれくしぇ・へだくしぇ・みぐしぇ・にだくしぇ
 
  @ひまだれくしぇ
  盛岡弁には共通語に訳しようのない「〜くしぇ」という言葉があります。たとえば「ひまだれくしぇ」もその一つで、時間を費やしてもったいない、という意味です。

  「ひまだれくしぇども、こどわれねで(断れないで)ひぎうげでしまった(引き受けてしまった)」とか「こぼしてしゃべるがら(愚痴をこぼすので)、ひまだれくしぇがったども、きいでやった(聞いてやった)」などと日常よく使う言葉です。

  「ひまだれ」と言ってもほとんど同じ意味で、「くしぇ」を添えることによって表現を少し和らげています。「たんだ、たんだ、ひまだれしてしまった(ただただ、時間のむだをしてしまった)」「ひまだれさせるども、よろしぐおねがいしあんす」などと言います。「ひまだれ」を共通語でいうと、「暇人」に近いと思われます。

  「ひまだれ」の「だれ(「たれ」)は、その性質や状態を表す人をののしる言葉です。たとえば盛岡弁で「しみだれ」(「しみったれ」)というとけちん坊、あるいは人前で物を言えないような人をいいますし、「ばがたれ」は「ばか」とほぼ同じですが「たれ」を添えてさらにののしったものです。盛岡弁ではありませんが「なまだれ」「貧乏たれ」(貧乏人)「がしんたれ(大阪弁で意気地なし、やくざ者、けちなどという意味)」などという言葉の「たれ」も同じです。

  それにしてもどうして「〜たれ」という言葉がののしり言葉になるのでしょうか。
  「たれ」の動詞は「たれる」で排せつすることです。「たれ」は排せつする人という意味です。排せつは生きている限り当たり前のこと、しかもきわめて大切なことで、どんな美人であろうと、うんこもすれば、おしっこも、臭いおならもします。不思議なことに、それは自分のものはいやでないのに(自分の臭いをかいで不快に思う人はおそらくいないでしょう)、他人のものとなると、生理的に強い拒否感が起こります。そこで相手をばかにするとき、相手に腹を立てたとき、「くそたれ」「へったれ」「しょんべんたれ」などと言って(自分だってちゃんと、それをしているのに)、すっきりする(あたかも排せつをした後のように)。そんな言葉を投げつけられた相手は、その汚いもの、臭いものを投げつけられたような気になって腹を立てます(ただの言葉に過ぎないのに)。

  これが「〜たれ」の正体で、その「たれ」を「ひま」とか「ばか」とか「貧乏」などという否定的な意味をもつ言葉に添えて、ひまな人(こと)、貧乏な人(こと)を、ののしって言う卑語としたと考えられます。

  Aへだくしぇ
  共通語で「下手すると」と言いますが、「下手くさくすると」などという言い方はあるものでしょうか。盛岡弁では「へだしぇば(下手をすると、うっかりすると)」というより「へだくしぇぐせば」と言うことが多いようです。「へだくしぇくて(下手で)、みでらえね(見ていられない)」「へだくしぇやづだ」などとも言います。「へだでみでらえね」「へだなやづだ」というとはっきりしすぎるので、少しぼかした、柔らかい表現といえましょう。

  Bみぐしぇ・、めぐしぇ
  共通語で「見苦しい」とか「醜い」ということを盛岡弁では「めぐしぇ」「みぐしぇ」と言います。「そんたな、みぐしぇごどすんな(見苦しいことをするな)」「めぐしぇ(みっともない)、かっこすんな」などと、日常、人様から見て見苦しくないように、というのは一つのしつけとして大切にされてきたようです。
  「みぐしぇ」「めぐしぇ」は「見苦しい」が変化した言葉と思われそうですが、そうではなく(「くるしい」は「くるす」となりますから)「みぐさし(見臭)」の変化した言葉です。悪臭をいやに感じるように「見て」思わず目をそむけたくなるような不快感を与える、ということです。意味の強い言葉ですから、「めぐしぇごどすんな」と言って、しつけるのはよいとして、「めぐしぇおなごだ」とか「めぐしぇやづだ」などと言うのは、時として差別語、不快語ともなります。

  Cにだくしぇ
  これとあれとどこか似ている、というとき、共通語では「似ている」という言い方しかありませんが、盛岡弁では「にだくしぇ」という言い方があり、こちらの方が「にでる」とか「にだ」より多く使われています。

  「おめはんのふぐど、おれのふぐど、にだくしぇな」とか「としかっこ(年格好)にだくしぇ」などと言います。「にだ」は過去形ではなく、「似ている」ということで、盛岡弁では、人がいる、ということをいうのに「ひとぁいだ」というのと同じです。(「だ」は古語の存続の助動詞「たり」の「り」が脱落して残ったものです)「にだくしぇ」はどこか似ている、似ているっぽい、という日本人好みの婉曲(えんきょく)表現といってよいでしょう。
(岩手医大教養部教授)

 

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