2006年 3月 3日 (金) 

       

■ 〈続フランス見たまま〉303 小野吉郎 セーブル陶芸美術館

 パリの町はずれ、地下鉄9号線の終点からセーヌ川を渡ったところにある。王朝時代のルイ十五世の代に、愛妾(しょう)ポンパドール夫人と相談して、ルーブルとベルサイユ両宮殿の中間にあるセーブルに、宮廷で使われる食器等をつくる製陶工場が設置された。

  同時に近くには王族たちが住む王宮として、今日現存していないサンクルー、ソー、マルリーなどにも製品を供給していた。

  かつてオランダが利益を独占
  そもそもヨーロッパ諸国の主な宮廷の近くにはそれぞれ独立の製陶工場があった。例えばドイツのザクセン公の首都ドレスデンの近くのマイセンが有名だ。

  イタリアには古くから陶磁器の伝統があったし、オランダは日本や中国から製品を輸入し、はるばるヨーロッパまで南アフリカ回りで大きなリスクをかけて帆船で運んだ。

  長崎で購入した伊万里焼のすぐれた作品は、各国の宮廷でひっぱりだこになり、オランダ人は購入価格の一万倍の利益を得た。オランダは豊かな国となり、世界で最初の近代的共和国となった。

  フランスを代表する磁器
  セーブルの製陶所はフランスの磁器を代表する名窯である。かつてパリの東郊のヴァンセンヌ窯を、ルイ十五世は美妾のポンバドール夫人の邸宅の近くのセーブルに移すと、ヴァンセンヌ時代の「王の青」「アガサ・ブルー」をひき継ぎ、「ポンパドール・ピンク」など豪華な飾り壺(つぼ)や華麗な金彩を施したディナーウエアが次々と生まれた。当時の一流の画家や彫刻家の技を結集して作られた各作品は、かつて王家のぜいたくな晩さんを飾り、友好のあかしとして諸国の王族や貴族たちに贈られた。

  ポンパドール・ピンクの由来
  ポンパドール夫人は絶世の美人だったが、さらに色気を増すため、毎朝ワインを飲んでほおをピンク色に染めていた。そこから「ポンパドール・ピンク」という磁器の色が由来している。もとは下級貴族の娘で、国王ルイ十五世の愛妾となり、政治権力を振りまわした。そのためフランスはカナダやインドなどの植民地を失った。

  今も続く国立製陶所
  フランス革命後、王立製陶所は国立と改称し今日に至っている。フランス大統領公邸の食器ばかりでなく、フランスの在外大使館公邸でもセーブル焼の製品を使用している。パリの文化省のすぐ隣には直営のショップもある。

  この美術館はセーブル製陶所に隣接して1824年に建てられ、所蔵品は3万点。新作も展示され、伝統に眠っていないことを示している。



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