2006年 3月 4日 (土) 

       

■ 紅子が描いた20歳のわたし 野の花美術館で45年前の自分に再開

     
  45年ぶりに自らを描いた絵と対面した鳥海さん  
 
45年ぶりに自らを描いた絵と対面した鳥海さん
 
  盛岡市紺屋町の深沢紅子野の花美術館(佐藤晴久館長)を3日、東京都の鳥海延子さん(65)が訪れ、45年ぶりに自らをモデルにした深沢紅子の絵と対面した。作品は1961年作の油彩「草の実」。鳥海さんが20歳のとき東京で紅子に出会い、練馬のアトリエでモデルを引き受けた。「もう一度あの絵を」と昨年8月に同館に問い合わせたところ、宮古市の重茂漁協が所蔵していることが分かり、ギャラリーの展示用に借り受けた。鳥海さんはキャンバスに青春の面影を見て「わたしの内面も想像して描いてくださった」と感激していた。

 鳥海さんは青森県五所川原市出身。そのころ東京でデザインを勉強していた。練馬の下宿で紅子と出会い、モデルを頼まれた。「ほんの一瞬で、先生がわたしの顔を見たかどうかと思うくらいだったが、あとで先生からモデルにという話があると思うと言われた。わたしはモデルは経験がなかったが、先生から電話がかかって、こういう機会はめったにないのだからとお引き受けした」と回想した。

  紅子は省三と夫妻で画壇に活躍していた。アトリエに呼ばれてモデルになり、40号の油彩が完成した。「先生は口数は少なかったが、わたしに向き合っていると絵描きそのものという感じだった」。

  佐藤館長は「色のタッチも深沢さんとしては非常に柔らかい作品だ」と話し、鳥海さんの魅力を引き出した紅子の絵筆に感心する。

  鳥海さんは紅子と別れたあとも東京で作品を見たいと願っていたが、深沢のアトリエが火災に遭うなどの事情を知ってあきらめていた。それでも忘れられず昨年、同館に問い合わせたところ残っていることが分かった。

  念願の対面かなって「40何年間もう見ることはできないとがっかりしていたが、もう一度ここに電話してみようと思い、お願いしたら探してくださった。わたしの二十歳の輝きを見てほしい」と顔をほころばせた。

  夫の仕事で海外暮らしが長く、美術を見る目を養って今は自ら絵筆を取っている鳥海さん。「先生がキャンバスに描く筆の音が今も思い出される」と、まぶたの裏に画伯を慕い続けていた。



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