2006年 3月 5日 (日) 

       

■ 〈胡堂の父からの手紙〉49 八重嶋勲 友達も絶交し大々的に勉強すること

 ■83 半紙 明治35年4月27日付
 
  宛 東京市本郷区台町三十六番地東北   舘止宿 
  発 岩手県紫波郡彦部村大巻六三
手紙着先キニ杉田方ヘ直様差立候筈請求之単衣ハ不日送付可致候、家内ニ於テモ別段異状無之彦部星山裁縫教員加藤コト(モト紫波高等学校)宿泊致居候、
次便ニ黒ノ外トウ何處ニ置キタルヤ一報可致候、高金ヲ費シ在京シアリナカラ見物同様ニシテアツテハ他日入学試験ノ時臍ヲ歯(噬)ムノ悔アルベシ見物等ハ他日ニ譲リ朋友ノ交際モ当分絶交シテ大々的勉強可致候、
前ニモ申送リ候筈決シテ悪書生ト交際セサル様可致、表面ニ悪書生ト云フモノ目ニ直様見ヘ(エ)ルモノニ非ラス、純朴ナル厳格タル書生ヨリハ却テ親シヤシキモノ故余程注意可致候、
本村ノ徴兵検査日ハ七月十日ニ有之候、入学試験ハ同日頃ニ相重ル様ノ事有之候而者容易ナラサル罪ヲ受クルモノナルヲ以テ如何様ナリ取斗フベシ、尤盛岡ハ七月十七八日頃ト承リ居候、寄留スル時ハ五月中間迄ニ取計ノ様致度且ツ入学試験も最早願書差出期日ナルベシ
又到底三部ヘ入学六ヶ敷相□ニ候ハゝ専科之方モ可然候、
折節手紙等ハ差立候様可致候、当地ハ未タ桜開花セス早種類ノ桜少々キバミ候、農事ハ種マキ畑耕耘最中寒ミ烈敷常衣ハ綿入モ未タ不脱却テ半月斗前ヨリ重衣ト云ノ状況ナリ、余者萬々後便ニ譲ル、早々
  四月廿七日       野村長四郎
   野村長一殿
 
  【解説】「前略、手紙着く。先に杉田方へ直接差し立てたが、請求の単衣は近いうちに送付する。家族は別段異常がない。彦部・星山裁縫教員加藤コト(元紫波高等学校)が宿泊している。次の便りに黒外套(がいとう)どこに置いたか一報せよ。高金を費やして在京し、見物同様にしていては後日入学試験で臍(ほぞ)を噛む悔いを残すことになる。見物などは後日にし、友達の交際も当分絶交して大々的に勉強すること。前にも手紙に書いたが、決して悪書生と交際してはいけない。表面には悪書生というものに見えない。純朴な厳格な書生よりかえって親しみやすいもののようであるからよほど注意すべし。本村の徴兵検査は7月10日である。入学試験が同日に重なるようであっては容易ならない罪を受けることになるので、どのようにか取り計らうべし。もっとも盛岡は7月17、18日頃と聞いている。寄留するときは5月中旬までに取り計らうよう致し、かつ入学試験ももはや願書を差し出す期日であろう。また到底3部へ入学が難しい場合は専科の方でもよいのではないか。折節手紙を出すようにすること。当地はまだ桜は開花しない。早咲きの桜は少々黄ばみはじめた。農事は、種まき、畑の耕耘最中。寒さがひどく常に綿入りを来ている。かえって半月ばかり前より厚着をしている状況である。余りは万々後便に譲る、早々」という内容。

  上京した日がはっきりしないが、盛岡中学校卒業から推察して東京生活が1カ月位になるのであろうか。当時の東京であるから当然のことであるが、見物は後日に回し、友人の交際を絶ち大々的勉強をせよ、悪書生に引っかかるなと、父長四郎は前にもましてかなり神経質にいろいろと指示を出し大いに激励している。

  ことにも国民20歳に必ず受けなければならない徴兵検査が迫っており、入学試験とかち合わないかなど気をもみ心配している。

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