2006年 3月 6日 (月) 

       

■ 田辺至展 写実的画風、銅版画普及の功績も

     
  「静物(絶筆)」(油彩、1967年)  
 
「静物(絶筆)」(油彩、1967年)
 
  「田辺至展〜旧盛岡橋本美術館コレクションから」(盛岡市文化振興事業団主催)が12日まで、盛岡市盛岡駅西通の市民文化ホールで開かれている。油彩や銅版画、素描など、晩年の作品を中心に約50点を展示している。

  田辺至(1886〜1968年)は東京出身で、東京美術学校(現東京芸術大学美術学部)西洋画科を卒業。在学中は黒田清輝に師事。後に同校教授として1944年まで勤務した。戦前は官展を中心に活躍したが、戦後は神奈川県鎌倉市に居を移し、団体に属さずに自由な創作を行った。

  写実的な人物画、風景画で知られる田辺だが、助教授時代に同校の物置にあったプレス機でエッチングを試作するなど、早くから銅版画も手掛けた。今展では銅版画作品10点をほぼ年代順に展示することで、日本に銅版画を広めた作家の一人としての側面にも光を当てている。

     
  「裸婦」(銅版画、1950年)  
 
「裸婦」(銅版画、1950年)
 
  若いころから晩年まで、画材の研究と素描を続けた田辺。今展では油彩と同じモデルや風景の素描も展示。水彩やパステル、墨など多彩な画材を駆使して、色鮮やかな花を咲かせる庭の風景や、農作業中の人々の様子を生き生きととらえた作品なども展示されている。

  24年にはほかのメンバーと美術団体「槐樹社」を結成し、機関誌「美術新論」(斎藤與里主幹)を発行。同誌のコレクションも展示されている。

  田辺の作品は旧盛岡橋本美術館の設立者の橋本八百二との深い交友が縁で、79年(昭和54年)に息子の洋画家、田辺穣氏から寄贈を受けた。

  午前10時から午後7時(土日は同5時)まで。入場無料。

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