ここで、日本語はどうなっているか考えてみましう。果たして、日本語の「〜する」が現在のことで、「〜した」が過去のことでしょうか。英語を離れて日本語の時間表現を洗ってみましょう。すると英語の場合が分かってくるかもしれません。
もし、「〜た」が過去だとしたら次の日本語は変なことになるはずですが、すこしも変ではありません。
「あす学校に来た時、この教室を掃除してください」では、「あす」つまり未来なのに「あす学校に来タ時…」と言っています。これはどうしたわけでしょうか。これをそのまま英語にして、Clean the classroom when you came to school tomorrow.じゃないですよね。だって、tomorrow(未来のこと)なのにcame(過去形)なんて合いません。
もしかすると、日本語の「〜た」は過去以外にも別の意味があるのではないか。そうです。普段無意識に使っている日本語の仕組みなど考えてみることはないのですが、何か外国語を覚えようとすると日本語の仕組みが見えてきます。この場合もその一つです。
「あす学校に来タ時、この教室を掃除してください」と言われた生徒は、あす教室を掃除するためには、それまでに学校に来ていなければなりません。学校にる来ルという行動を完了していないことには掃除はできません。つまり、この「〜タ」は完了を表しているのです。だからこの場合、未来という時間を背負っていません。従って「明日…しタ時に…」と言ってもおかしくないのです。
ところが英語は事の後先や時間の経過表現につじつまを合わせようとする言語ですから、tomorrowとcameは同居できません。
ですから、この英文の間違いの原因は、日本語の「〜タ」を過去とばかり思いこんでいたために、cameとしてしまったのです。では、「来た時」の「た」は何でしたっけ。
(言語人文学会会長)
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