2006年 3月 8日 (水) 

       

■ 〈盛岡ことば入門〉285 黒澤勉 ん、こびくしぇな

 一九九、さまざまな臭い−その三 ほどりくしぇ・こびくしぇ・ひなだくしぇ・ひなくしぇ・こばげくしぇ
 
  @ほどりくしぇ
  共通語の「ほてる」は盛岡弁では「ほどる」と言います。「て」が「ど」になまったのではありません。「ほどる」は古語の「ほとる」が方言として残ったものです。「ほとる」は「ほとおる」の変化した言葉で、熱くなることをいいます。「ほど」は、「ほ(火)」に「ど(場所)」が付いた言葉で火をたく所、特にいろりの中心の火をたく、くぼんだ所をいいますから、「ほとおる」「ほとる」は、おそらくそれを動詞化した言葉でしょう。

  「ほどらがす」は暖める、「ほどつぼ」はいろり、「ほどばだ」はいろりの周囲のことです。「ほどりくしぇ」の「ほどり」は「ほどる」の名詞で、暖かみ、余熱です。「ほどりくしぇ」とは、その暖かさから発する臭いです。「ねほどり」というと寝床から離れてもなお、布団に残っている余熱のことです。その臭いが「ねほどりくしぇ」です。

  Aこびくしぇ
  「こび」(正確に発音を表記すると「こんび」と撥音(はつおん)の「ん」が軽く入ります)というのは、皮膚にたまった垢(あか)のことで、「あいや、こっきたね(汚い)、こんび、のっこど、たげで(どっさり、つけて)」などと言います。

  また「こび」はご飯のお焦げをいうこともあります。何と汚い言葉だろうと思われるかもしれませんが、共通語の「こびりつく」の「こびる」はその動詞です。「こびる」は古語(「こぶ」)としては、古くなる、年を経る、大人びる、などという意味ですが、その名詞「こび」は古くなったもの、十分成熟したものということで、おこげや垢のことを指すようになったと思われます。

  「ん、こびくしぇ(焦げ臭い)かまりす(臭いがする)」
  「ありゃ、や、や、や、すっかりこびで(焦げて)、かれなぐなってしまた(食べられなくなってしまった)」

  「いや、わらすぁ、こびだどご(焦げたところが)、すぎだはんて(好きだから)、わらすさ、やれ、すてんな(捨てるな)」

  「んだなす。こびさ、しょゆっこ、かげでかせるが(食べさせるか)」

  電気釜を使って、こびらがさねで(おこげなど作らず)、まんま、炊げるよになったはんて(炊けるようになったから)、こんたな話も聞げなぐなったなー。

  Bひなだくしぇ
  「ひなだくしぇ」は共通語でいうと「日向(ひなた)臭い」ということで、『広辞苑』にもちゃんと@日光にさらされたような臭いがするA田舎じみている、と出ています。Aのような意味が派生したのは、面白いことで、天日にさらして干すのは田舎風の光景だからでしょう。

  「ふとん、ひさ(日に)ほしてらっきゃ(干していたら)ひなだくしぇぐなった」「えんがわのみずぁ、ひなだくしぇ」などと言います。お米や魚なども昔はすべて天日にさらして干していましたが、現在では大部分のものが機械乾燥です。なるほど、清潔で、時間もかかりません。しかし、エネルギーを無駄に消費しますし、味は落ちます。

  さらにまたイネ干し、干葉干し、大根干しなどの詩情あるなつかしい風景も失われつつあります。
  Cひなくしぇ
  共通語の「きなくさい」は盛岡弁では「ひなくしぇ」と言います。厨川などの在郷の方では「しなくしぇ」という人が多いようです。盛岡の人は、厨川の人のことをなまっている、と笑うわけにはいきません。盛岡の人だって「き」を「ひ」となまっているのですから。

  「きたかみ(北上)」は、かつて「ひたかみ」であったといいますから「ひ」が「き」に、「き」が「ひ」になる可能性はあると思います。

  「ん、くしぇくしぇ、どごがひなくしぇ、なにが、もえでらでねが」とか「しなくしぇじぇ(きなくさいぞ)、なにがもえでねが(何か燃えていないか)」などと言います。

  Dこばげくしぇ
  「こばげる」というのは、焦げる前の、熱をもって、ぱっと燃え出す寸前の状態をいう動詞です。煮物を焦がしたり、小豆を煮ていて焦がしたり、こたつにあたって「もんぺ」が焦げくさくなったりしたとき、「こばげくしぇ」とか「こばっけくしぇ」と言います。

  「あっ、こばげくしぇじぇ」とか「なんだが、こばっけくしぇなー」のように使いました。

  以上、「ほどりくしぇ」「こびくしぇ」「ひなだくしぇ」「ひなくしぇ」「こばげくしぇ」など、いずれも熱を発したときに伴う臭いです。昔の生活は、こうした臭いに囲まれていました。現代人は、どんな臭いをかいで生活し、どんな臭いの言葉を生み出しているのでしょうか。
(岩手医大教養部教授)

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