2006年 4月 1日 (土) 

       

■ 〈たきびの詩人巽聖歌〉219 小川達雄 戦争と歌人・下1

 その頃に生きた方々の多くは、今次大戦の運命を決した、次の臨時ニュースの切迫したようすを、いまなお記憶しておられると思う。

  −大本営陸海軍部発表、十二月八日午前
  六時。帝国陸海軍は今八日未明、西太平
  洋においてアメリカ、イギリスと戦闘状
  態に入れり−

  これは、その八日月曜日、ピーンと七時の時報が鳴り終わると同時に、ラジオはド・ド・ド、ソ・ソ・ソ、ミ・ミ・ミ、と異様な三連音を発し、続いて一オクターブ下のソ・ソ・ソ、ドー、と鳴り響いた直後の臨時ニュースである。

  国民学校(いまの小学校)六年生のわたしは、その時使っていた歯ブラシを、危うく落としそうになった。

  (日本は、どうなるのか?)

  具体的な数字は知らなかったけれども、子供ながら自動車の国アメリカの圧倒的な工業生産力と、七つの海に覇を唱えた大英帝国の印象を強く抱いていたのである。日本は、行軍に次ぐ行軍、突撃が中心の、肉弾戦が得意の国ではなかったのか。

  その朝は家族六人、もう黙りこくって、いつものように正座したままの食事を済ませた。じっとしては居られず、わたしはいつもより早くマントを着て学校に行く。仁王国民学校の朝礼では、折から降り始めた粉雪の中で、眼鏡をかけた坂元校長先生が、右に左に体をかがめながら、

  「−これからはいっそう体を鍛え、みな
  さんはお国のために尽くさなければなり
  ません」
  と声を励ませた。

  心配で心配でたまらないままドッジボールをしていると、三時間めの途中、職員室からやって来た担任の渡辺先生は、

  「いま香港からのニュースが入ったぞ。
  アメリカの砲艦ウェーキは降伏、イギリ
  ス砲艦ペテレルは撃沈した!」
  にこにこして、こう知らせた。
  「ばんざーい!」

  みんな、子供たちは声をそろえたが、その直後、ラジオは勇壮な軍艦行進曲に続いて、海軍航空隊の決死的ハワイ大空襲の成功を伝えた。

  この日は日本国じゅう、国民のほとんどすべてが、朝早くから寝に就くまで、いまだかつて味わったことのない恐れと緊張と興奮に襲われたはずであるが、歌人たちはその日感じたままに、次のような作品を数多く残していた。

  天皇(スメラギ)は戦(タタカイ)宣(
  ノ)らしあきらけし乃(スナハ)ち起る
  大東亞戦争  『多磨』171 北原白秋

  あかつきの臨時ニュースは突如として日
  英米の開戦を告ぐ
        『潮音』171 中山あい子

  昭和十六年十二月八日この国に生くる幸
  をし何にたとへむ
       『アララギ』172 矢島敬一

  紀元二千六百一年十二月八日忘れめや天
  地のきはみ  同   同 朝山みち子

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