2006年 4月 3日 (月) 

       

■  〈校長室の窓から〉61 野口晃男 子供のために必要なこと

 入学式で入学のお祝いを述べた後で保護者の皆様に2つのことを話しました。

  その一つは、子供の「わがままをきちんと戒めましょう」という話でした。

  「わがままな主張」と「1個の人間としての正しい主張」との違いは、その主張をもとにして子供との間に話し合いが成立するかどうかで区別がつきます。

  もっと簡単な見分け方ですとその子の主張が「他の人の迷惑になっているかどうか」で判断することもできます。

  例えば「自転車が欲しい」と言ったからといって、すぐに買い与えるのでは工夫が足りません。

  自転車売り場を親子で下見したり、カタログを集めたりしてじっくり検討する時間を持つことが必要です。

  それに費やす時間はけっし無駄な時間ではなく、「子供の自転車に対する期待が熟していく時間」であり「喜びに向かっていく大切な時間」でもあるのです。

  さらに実は「手に入るまでは我慢するという心を育てる大切な時間」でもあるのです。

  実際に買う段になっても工夫が必要です。

  電話で注文して届けてもらうなどというのはとてももったいないことです。

  親子2人で歩いていって、帰りには子供が乗って、お父さんが安全を確かめながら一緒に帰るとか、行きはお父さんが自転車に乗って子供は駆け足とか、いろいろな方法があるはずです。

  この一見無駄ともいえる時間が、実は「今の子供たちに欠けている何かが育つ時間」だとわたしは思っています。

  「そこで育つ何か」は、きっと10年後、20年後にお父さん、お母さんに何かの形で返ってきます。

  子供たちに「今この時期に必要なこと」を省略すれば、今はとても簡単で無駄な時間を省いたつもりでしょうが、そのつけは確実に「少しの努力では取り返しがつかないほどの不幸」という形でわが家にやってきます。

  小さな工夫の積み重ねが、子供の人格を決定づけることだってあるのです。
(盛岡市教育相談員) 

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