かくこうの
まねしてひとり行きたれば
ひとは恐れてみちを避けたり。
〔現代語訳〕カッコウのまねをして、一人行くと、人は怖がって道を避けたのです。
〔評釈〕「大正五年三月より」〔「歌稿〔B〕」〕八十四首中の六十四首目で「312歌」。カッコウ(郭公)については、賢治は、他に「くわくこう、くゎくこう、くわくこどり」等の表記も使用している。何と言っても、「セロ弾きのゴーシュ」の例が良く知られていよう。「行きたれば〜避けたり」は、一応、原因・結果の構造となっているのだが、その因果関係をあからさまに示さず、このように繋(つな)ぐのが、短歌的方法でもある。ところで、作品は、話者の側から語っているから、話者の行動に対して、相手の行動が、「ひとは恐れてみちを避けたり」とある意味では淡々と語られているが、観点を変えて「ひと」の側から見ると、話者の行動がいかに尋常ではないものであるかも浮き上がることになる。
(岩手大学教授)
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