2006年 4月 8日 (土) 

       

■ 〈阿部陽子の里山スケッチ〉31 国見山(くにみやま、250m)

     
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 北上市の東部に座す国見山は、華やかなエピソードに富む歴史の山域である。さくらの名所・展勝地を起点にして、珊瑚(さんご)岳(260メートル)〜山王岳〜国見山〜男山(162メートル)をめぐる6キロが、春のいち押し、歴史の山歩きだ。

  ここから河口の石巻まで150キロを流れる北上川は、和賀川と合流し、川幅を広げて大河の様相に変わる。交易船の平田舟でにぎわった河岸に、1万本のさくらが咲き、遠くむかしへタイムスリップしたような賑(にぎ)わいを呼ぶ。まだ蕾(つぼみ)は堅かったが、直さんと私は国見山の1日を遊んだ。

  国を見る山−−その名のとおり、大悲閣展望台のロケーションが素晴らしい。奥羽山脈は、はるか西の奥に立ち、和賀岳・真昼岳・女神岳、駒ケ岳から焼石連峰へと、うねうね走って見えた。その根元からズームレンズをひいたように平野が押しよせる。対照的に東は、山と谷がいくえにも重なりあう北上高地。

  国見山一帯は、城壁のようにガガッと立ちあがった斜面と、深く切りこんだ三つの谷とで形成されている。少し奥まった位置にある国見山と珊瑚岳の稜(りょう)線では、火山性の危ういゴツゴツ岩を歩かねばならない。のどかな里山イメージから離れ、いかにも「砦(とりで)」を思わせる荒々しさであった。

  コースは、展勝地レストハウスからおおまかに三つ。立花毘沙(びしゃ)門堂コース、みちのく民俗村コース、表参道コース。どこから登っても起点に戻るが、それぞれ2時間かかる。エリア案内図でよく確認してからスタートしよう。
 
  平泉に中尊寺ができる250年前、山麓(ろく)に慈覚大師が極楽寺を建立した。金堂、講堂、五重塔、座主坊、経蔵などが、北谷・西谷・東谷を縫うよう建ち並び、山岳仏教の一大霊場をになったという。廃寺跡や国見山神社、表参道に点在する方三間堂跡は、1200年の時を超え、今も山岳信仰の香りを残している。

  民俗村に移築された古い民家や建物がなかなか面白い。南部と伊達の藩境「間の沢挟み塚」(国指定史跡)も、清潔に保存されていた。

  江戸の初期、ある絵図面に1本のラインがひかれた。金ケ崎駒ケ岳のお駒堂から国見山をとおり、五輪峠に抜け、唐丹湾の桐ケ浦まで達するその線上に、120余の「領境塚」が設置されたのだった。

  これより北、南部藩。これより南、伊達藩。距離130キロ−−まさにこれが今もってそのまま、広大な土地をもつ、岩手の『東西の幅』なのである。

  ダースコダッ、ダダスコダッダッ…太鼓が響く。鬼剣舞に、アテルイと粘り強い県民性を重ねるのは、私ひとりであろうはずがない。

(盛岡市、版画家)


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