2006年 4月 13日 (木) 

       

■ 賢治の「マヂエル館」を開設 材木町の光原社で

     
  賢治作品の資料を展示したマヂエル館の館内  
 
賢治作品の資料を展示したマヂエル館の館内
 

 盛岡市材木町の光原社(及川福社長)は4月から宮沢賢治の記念室「マヂエル館」を開設した。光原社は「注文の多い料理店」の出版元として知られ、賢治をしのんで観光客が訪れる。作家ゆかりの店として記念室を設け、賢治の原稿や初版本などの資料を展示した。光原社を創業した及川四郎と賢治の縁が名作を世に送り出したことが分かる。賢治作品から引用したネーミングの小さな文学館が、材木町の新名所となっている。

 展示している「イーハトヴ童話 注文の多い料理店」は大正13年(1924年)に東京光原社から刊行された最初の童話集。作品の発刊に際して配布された宣伝用チラシに初めて「イーハトーブ」の言葉が表れたことや、光原社が出版した由来などを紹介している。

     
   
 
展示された賢治の直筆の浮世絵広告文
 

  盛岡高等農林を卒業した及川と友人の近森善一が大正8年(1919年)、盛岡に「東北農業薬剤研究所」を設置し、教科書販売のため一級先輩の賢治を訪ね、その場で原稿とともに出版の意向を告げられて盛岡に原稿を持ち帰った。及川は発行を決めて賢治を囲み3人で話し合い、「注文の多い料理店」の題名と光原社の名称を決めた。及川は教科書販売で得た利益の多くをつぎ込んで東京の印刷所に発注したが、計画性のない出版で資金繰りに行き詰まった。結果的に賢治が自作を200部買い取る形になった。

  マヂエル館には及川とのかかわりの中で残された賢治直筆の原稿を展示。昭和6年(1931年)に及川を訪れた際に商売の助けになるよう浮世絵を勧め、その場で書いた広告文を見ることができる。光原社の及川倭香さんは「光原社は注文の多い料理店の本来の出版元で、以前から資料をご覧になりたいという方がおられたので、ゆっくり見ることができるよう展示した」と話す。

  このほか「永訣の朝」「風の又三郎」などの原稿用紙や、「雨ニモ負ケズ」をしたためた手帳などを複製で展示。第1回宮沢賢治賞受賞で型絵染作家の柚木沙弥郎氏の美術作品を飾っている。及川さんは「岩手山の鞍掛や古い農学校の校舎の写真なども展示した。すべてそのままではなく、年に1回か2回は替えていきたい」と話し、訪れる人が光原社を通してイーハトーブの心に触れる文学館を目指している。


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