「春がきた」「夏はきぬ」「風と共に去りぬ」の英語を考えてみる前に、この「〜ぬ」という文語体の助動詞を思い出してみましょう。この場合の「〜ぬ」は否定の「〜ぬ」ではなくて、完了した結果が現在まで引き続いていることを表すのです(現代国語辞典、三省堂)。この「〜ぬ」が英語の現在完了形にとても近い発想だという気がします。
「夏は来ぬ」これはSummer has come.です。だから「卯の花の匂(にお)う垣根に.,,,」なのです。さあ、海にいける季節だぞ、夏休みだぞ、といった現在へと結びついているのです。それを「〜た」につられてSummer came.と言ったら、単なる過去です。
「風と共に去りぬ」ではスカーレットをとりまいていたすべてが風と共に去ったと同時に、そうなった今はもう、故郷のタラに帰るしかない彼女の心境にも焦点が当てられているのでしょう。
だから、Went with the windではなく, Gone with the Windなのです。作者のマーガレット・ミッチェルは題名に主語をつけてはいませんが、Allでも補ってみるとAll has gone with the windかも知れません(主語は米文学者にまかせましょう)。
「春がきた」のほうも「きた」なので、ついSpring came. とやってしまいそうですが、これも、過去の「〜た」のほうではありません。春がきたぞ、うぐいすが鳴く、お花見ができるというようなことにまで及びます。「春がきて、今現在もそのさ中にいるんだ」ということなので、中学時代に習ったSpring has come. です。
「おい、さっきまで飲んでたんだから車で帰っちゃだめだよ」は、You shouldn’t drive home. You’ve been drinking. です。仮に30分前(過去)に飲み終わっていても過去形ではなく、現在完了になっているのはなぜでしょう。アルコールの影響が現在もなお残っているからです。まさに過去のことが現在と結びついているという、現在完了形そのものズバリです。
こんなことを考えていると、わたしは日本語の「〜た」と「〜る」の用法をしっかり身につけていなかったことに気づきました。外国語の勉強をすると日本語がよく見えてくるというのは実感です。
(言語人文学会会長)
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