2006年 5月9日 (火) 

       

■  〈四季逍遥〉141 下斗米八郎 春陽礼賛 

 桜の花に気を取られている間に、木々は新緑の季節に移っている。

  この冬は、12月早々から降雪があり厳しい寒気が続いたので、樹木の目覚めは早かったようだ。関東方面の桜の開花は大分早かったが、岩手では4月に入っても低温の日が続き、いつもより遅れてしまった。

  高松の池のソメイヨシノは、蕾(つぼみ)の先が色づいてからなかなか膨らまず、オオヤマザクラの方が先を越して開花していた。オオヤマザクラは高冷地でも開花するので、ある程度蕾が熟すとその後の低温は気にとめず開花するものかと想像したりする。

  柳の新緑は、他の木々に先駆けて黄色からみずみずしい緑に変わり、水辺や里山の柳の在り処(か)が鮮明に印象づけられる。

  林檎(りんご)や梨(なし)の花が咲くころは、昔の堤頭や修道院のあった今の緑が丘や、まだ山野であった松園のあたりに、オオジンギが渡来してけたたましいディスプレー(求愛行動)の急降下を繰り返していたものだが、今では住宅地となり郊外でもオオジンギは見られなくなった。

  自生のヤマザクラは、山に行くとどこでも見られるが、区界高原の道沿いや七時雨山の登山口にある古木や、岩手県民の森のオオヤマザクラには思い出深いものがある。

  家内と初めて会ったのは、バードデーのK高原で、祈しもオオヤマザクラが満開であった。あの日から40年近い歳月がたつが、思い返すといろいろなことがあった。子供たちも無事に学業を終え、巣立って行った。わたしたちも、そろって老後を迎えることができた。

  過日、県民の森で会った同年輩の男性が

  「息子の家族と東京で暮らしていたが、うまくいかず帰って来た。東京は疲れる」とこぼし、「岩手の山が懐かしくてね。老人性ホームシックかもしれないが」と笑っていた。

  家内は少し離れた草原で花のスケッチをしていたが、人ごとではなかった。わたしたちも息子たちの近くのマンションに住み、往き来して暮らしたことがあったが定住にはいたっていない。

  年老いて、どちらが後に残ることになるか分からないが、2人で一緒にいられるうちは今の生活を続けていきたいと思っている。

  今年は、岩手山麓(ろく)の残雪もいつもの年より多く、ヤマザクラの開花もだいぶ遅れた。落葉が雪に圧(お)されてかっ色のシートのように敷きつめられた上に、キクザキイチゲが咲き出している。芽を出したばかりで、丈も伸びきっておらず、葉も縮れ花も小さく別物のように見える。日当たりの良い場所のものは、花茎も花弁も伸びおおらかな花をかかげ風になびいている。雪の消え跡を追って白や紫、赤紫色の花がかたまり、木々の間に咲き広がっている。近くのウリハダカエデの幹に、ルリタテハ(ちょう)が羽根を広げて休んでいた。

  うっすらと緑になった新葉の林を透して、残雪の裏岩手山が間近に輝いている。やはり岩手の春はいい。
 
 

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