2006年 6月3日 (土) 

       

■  〈賢治の歌〉418 望月善次 独乙語の講習会に


  独乙語の講習会に四日来て 又見え
  ざりし支那の学生
 
  〔現代語訳〕ドイツ語の講習会に四日間だけ来て、再びは見えなかった支那(しな)の学生よ。

  〔評釈〕大正五年八月十七日付の保坂嘉内宛書簡中二十首の十首目。結句の「学生」は当初は「学校」とあったものを書き直している。「支那」は「秦(シン)」の転訛(てんか)であり、CHINAにも通じるのであるが、「支那」の漢字表記自体は、「日本支配」の影を曳(ひ)くものであろうから、戦後はこの表記が避けられたのは当然であろう。この「学生」が、ドイツ語講座に現れなくなった事情の具体は語られていないが、前年の「対華二十一カ条要求」や、それに対応する中華民国の「国恥記念日」を考慮すれば、この「学生」の日本における諸種の条件も想像に難くない。「政治的音痴」でもある賢治が、そうした「政治的構造」をどう認識していたかは不明であるが、話者の「学生」への好意は否定し難いだろう。
(岩手大学教授)


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