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産業遺産の認定を受けた松尾鉱山関係跡地 |
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八幡平市の旧松尾鉱山の硫黄産業遺跡資料群が、5月28日に神奈川県で開かれた産業考古学会総会で推薦産業遺産の認定を受けた。「保存物件数、種類、整合性、写真資料の充実度では国内最優秀の標本である」という。同市では同学会と連携して松尾鉱山価値の発信やウオーキング、鉱山出身者との協働活動などを予定している。
松尾鉱山は1901年から開発が始まり、14年に松尾鉱業が設立され本格的な操業を開始。50年代半ばから60年代初めには鉱石採掘量は年間100トンに達し、東洋一の規模になった。最盛期には従業員約4千人、家族を含めると1万5千人が生活していた。
71年に松尾鉱業が倒産するまで鉱石2900万トン、硫酸1千万トン、硫黄210万トンを生産した。鉱山跡からは強酸性水が毎分24トン流出しており、日量20トンの炭酸カルシウムと鉄酸化バクテリアを使った中和処理が現在も行われている。これに要する費用は年間5億円となっている。
鉱山関係の跡地には鉄筋コンクリート造りのアパート11棟、独身寮3棟、中学校校舎の廃墟が残されている。鉱山関係資料として松尾歴史民俗資料館に松尾鉱山で使われた各種器具、精錬用鍋、鉱山鉄道の機関車が収蔵されている。
産業遺産の認定は松尾鉱山跡で74番目。県内では住田町世田米の栗木鉄山跡に次いで2番目になる。同学会評議員の小野寺英輝岩手大学助教授は「産業遺産認定の狙いは自治体に大事なものだということを認識してもらうこと。八幡平市と協議して調査協力をしていきたい」と話している。
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