2006年 6月12日 (月) 

       

■  〈盛岡百景〉68 旧岩手種畜牧場 

     
  種馬所の時代に建てられ、近年まで羊舎として使われていた旧厩舎と岩手山  
  種馬所の時代に建てられ、近年まで羊舎として使われていた旧厩舎と岩手山  
  秀峰岩手山を望む家畜改良センター岩手牧場は100年を越える歴史を刻んできた。その長い歴史の中で変わったもの、変わらないものが見て取れる。岩手山の眺望は約100年前とほとんど変わることなく受け継がれてきた。牧場も存在し続け、押し寄せてきた宅地開発を食い止め緑の大地を残してきた。

  1872(明治5)年から全国に御料牧場や種馬所、軍馬補充部などの国立牧場が開設される。この地には96年6月18日、岩手種馬所が設立され今日に至る歴史が始まった。1907年に種馬育成所に、41年には東北種馬育成所と改称、戦後の46年に廃止となり岩手種畜牧場となった。近年まで親しまれてきた呼称だが、90年の機構改革で全国施設が農林水産省家畜改良センターに統合され、家畜改良センター岩手牧場に改組。01年には独立行政法人に移行した。

  ここでの繋養家畜は軍用馬に始まり農用馬、乳牛、めん羊、各種の牛など多様だった。今はセンターが全国の各施設を特化させ、同牧場は乳用牛のホルスタイン種の改良増殖分野での専門性を高めている。次世代に良い血統を引き継ぐことが最大の使命だ。

  かつて一般農家の牛を預かり集合検定をしていたが、種畜事業はなくなった。加えて近年は、防疫がより厳重になったこともあり、成牛500頭、若牛350頭、雄牛50頭の計750頭は牛舎内で細心の注意で管理されている。場内の牧草地で牛が悠然と草をはむ光景は今日見られない。

  牧場は現在約750ヘクタールの敷地。単純に牛1頭を養う粗飼料(草)には1ヘクタールの草地が必要とされ、750頭を100%自給で飼育するには750ヘクタールの草地が求められる計算だ。草地は約400ヘクタールにすぎず、現実には広大ではない。道路整備などで敷地はこれまでも減少し、国道4号の渋滞緩和事業が始まれば、さらに減らされる。(井上忠晴記者)

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