2006年 7月1日 (土) 

       

■  〈英語ってどうなってんの?〉130 成田浩 雪国    

 「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった。夜の底が白くなった。」という川端康成の小説『雪国』の出だしの文はわたしたち日本人にはとても美しく幻想的で詩的な世界に引き入れてくれます。著名な英訳を見る前に、この文を英語で言おうとすると、どんな問題に出くわすか考えてみましょう。

  「長いトンネルを抜けると雪国であった。」の部分を、いきなり、Going through the tunnel, there was a snow country.としたら英語国の人には何のことか分からないでしょう。これはだめです。

  なぜ?最大の理由は「誰がトンネルを抜けたのか」「何がトンネルを抜けたのか」分からないという点です。つまり、主語が明示されてないということ。

  英語にも、省略という言語現象はあります。しかし、省略された要素は文内でその復元がなされることが条件です。(主語の復元は、高校で分詞構文の書き換え練習でやらされます)。

  さて、上のまずい英文のままで、無理して主語らしきものを探すとa snow countryかなと思ってしまいます。でもそうすると、雪国がトンネルをくぐったことになってしまいます。主客関係を明確にし、主語を決めることは述語動詞の定形にかかわる重大事です。

  Edward G. Seidenstickerの名訳Snow Country (Charles E. Tuttle Company, 1957)では、〓The train came out of the long tunnel into the snow country. The earth lay white under the night sky.〓となっています。

  「汽車が長いトンネルを出て雪国へと入っていった」となっているのです。原文にはない「汽車」が主語として選ばれているのです。主人公の島村も考えられますが、まだ登場していません。トンネルを抜けるのなら、ふつう、汽車か電車か自動車でしょう。そんなの、いちいち言わなくたっていい。それよりも、むしろ、知らず知らずのうちに物語にひきこんでくれる「ほのかに幻想的で暗示的な美しい出だし」が、わたしたちの「心」にぴったりくるのです。やはり、日本語で読むのがいちばんです。
  (言語人文学会顧問)


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