2006年 7月2日 (日) 

       

■  〈雑誌創刊号の話〉261 成ケ澤栄治 「本」

  昭和51年2月、いわゆるロッキード事件が発覚したちょうどその時、読書人の雑誌と称する『本』(A5判・64ページ)が、講談社から創刊されました。

  創刊の趣旨も編集後記もありませんが、定価50円ということは、いわゆる自社の出版物を宣伝する意図のもとに発行する、PR誌のようであります。

  同様の雑誌には、岩波の『図書』、文春の『春秋』、新潮の『波』、小学館の『本の窓』などがあります。 雑誌王と称される野間清治が、硬派の雑誌『雄弁』を創刊したのは、明治43年2月でした。

  これが講談社の始まりです。翌年は『講談倶楽部』を創刊、大正に入ると『少年倶楽部』『面白倶楽部』『婦人倶楽部』『少女倶楽部』『幼年倶楽部』『キング』『現代』など次々に創刊“面白くて、為(ため)になる”を方針に「九大雑誌の講談社」を築き、岩波文化に対する講談社文化を形成するのでした。

  『本』創刊号の表紙は、東山魁夷の「春を呼ぶ丘」の部分構成です。これに東山が「自然のなかの喜び」と題し「…(略)北国の春を私は好む。長い冬に耐えて、素純な喜びが生れ出る」と寄せるのです。

  大岡昇平の「アベック受賞」は、野間初代社長の遺志により昭和16年に設立された、野間文芸賞の昭和50年度受賞者、尾崎一雄と平野謙について、選考委員の一人である大岡が「…(略)平野は尾崎のことを語り、尾崎は平野のことを語る、御両家とも六十歳をはるかに超えたお年寄りで、アベックという言葉はふさわしくないようだが…」と、受賞に至るまでの経緯を興味深く書いております。

  連載は六本、@連載座談会「碩学(せきがく)に聞く」では、加藤秀俊と小松左京が考古学者江上波夫から聞きます。A松本清張「銅鐸の神秘」、B都築卓司「科学と脱科学」、C外山滋比古「知的創造のヒント」、D林屋慶三「生きものの世界」、E宮川寅雄「ガンターラからバーミヤンへ」といずれも読み応えがあります。

  田中彰「岩倉使節団の道」、板坂元「夏目漱石とアフラ・ベーン」、西山松之助「江戸の魅力」、清水幾太郎「私の蔵書整理法」、松谷みよ子「私の読者」など、まさに“面白くて、為になる”『本』です。

  とはいってもそこはPR誌、講談社出版案内が15ページにわたってあるのです。でも、これだけの内容で50円は安いものです。  (毎週日曜日掲載)


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