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二一一、人さまざま、その−−じょっぱり、まですけ…
人さまざまと言いますが、同じ人間とは言いながら、世の中にはいろいろな人がいます。今回から世の中にはどんな人がいるのか、人の性質や個性などにかかわる盛岡弁を取り上げてみましょう。自分の性格などを盛岡弁で何と言うか考えて、自己反省(?)の材料に、あるいは当てはまる人を思い浮かべて楽しんでは(?)いかがでしょうか。
@頑固な人
盛岡では「頑固」という言葉はあまり使わず、これに代わって「じょっぱり」とか「いげじょっぱり」と言います。
「いげ」は「いけ」の訛(なま)りで、卑しめたり、ののしったりする気持ちを添える接頭語です。「じょっぱり」は「強情張り」を縮約した言葉で、六拍の言葉が四拍になり、促音の「っ」や破裂音の「ぱ」などがあって、生き生きした元気のいい言葉(?)といえるかもしれません。
「あのひとの、じょっぱりにあ、なんともなんね」とか「なんぼ(いくら)、じょっぱっても、わがねがった(駄目だった)」などと言ったりします。「しのじょっぱり」も「じょっぱり」を強調した言葉です。
「頑固」に似た意味の言葉に「きかね」という言葉もあります。これは文字通りには相手の言うことを聞かない、というところから、頑固、意地が強いという意味になったもので、「きかね、やづだ」とか「きかね、おなごだ」などと言います。
この「きかね」の反対語は「やさす(やさしい)」とか「おどなし(大人しい)」という言葉です。「やさすー人だ」とか「おどなし人だ」と呼ばれるような人々が世の中には一番多いように見えます。(「少なくとも表面的には」という補足が必要かもしれませんが)
また「かだごど」という言葉は、共通語の「かたこと(堅事)」で堅いこと、かたくななことですが、まじめ一方で融通のきかないこと、頑固なことを言います。そんな人を「かだごどな人」と言いますが、「かだごどはぐらぐ」という言葉があるところをみると、ばくろうさんには、一徹な頑固者が多かったのでしょうか。「かだぶつ」もまじめ一方で面白味のない人のことを言います。
Aけちん坊
盛岡弁では、けちん坊のことを「まですけ」と言います。古語の「まて」というのは、実直、真面目、律儀というような意味で、それが意味を変えて方言として残った言葉です。
「までに使う」と言うと丁寧に無駄のないように使うこと、「までっこにやる」は、無駄をしないようにするということで、そこから細かいこと、けちん坊のことをいうようになりました。反対の表現は「きめぁいー人」ということになるでしょうか。
ちなみに「けち」という言葉はもともと縁起が悪い、景気が悪いというような意味でした。
B(仕事などの)粗雑な人
「まて」の反対が「ざつ」で、粗末に、いいかげんにやる人のことを「ざづなやづ」と言います。この「ざづ」は「雑駁(ざっぱく)」「雑然」の「雑」でしょう。
似たような意味の言葉に「いげそそだ」があります。「いげ」は強調する接頭語、「そそ」は「粗相」という言葉でしょう。「粗相」は粗末なこと、そそっかしいこと、過ちということで、「そそうをする」と言えば、大小便をもらすということの婉曲(えんきょく)的な表現となりました。「いげそそなやづ」というのは、仕事ぶりなどの雑な人ということになります。
C愚かな人
思慮の浅い愚かな人のことを「こったりねやづ」と言います。「足りない」は頭の働きが不足しているということですが、それに「こっ」をつけて強調したものです。
「こばがくせやづ」「こばがたれ」「こばがたぐれ」とも言います。「〜たれ」「〜たぐれ」は、その人をののしってつける接尾語です。「〜たれ」は「くそたれ」「鼻たれ」のように排泄(せつ)を指す言葉ですし、「〜たぐれ」も「たぐる」(口からへどを吐くという意味)という動詞を名詞化したものでしょう。このように汚い言葉を投げつけると、相手を卑しめる言葉となります。
また「すぴたれ」という言葉もあります。「すぴる」はもともと、しなびる、しおれる、という意味ですが、そこから気の抜けたような意気地なし、愚か者というような意味になったものでしょう。
Dしつこい人
しつこいことを盛岡弁では「くでぇ」(共通語の「くどい」)と言い、強調すると「すずくでぇ」、しつこい人は「くでぇやづ」と言います。「すず」は「しち」の訛りで「しちめんどう」「しちやかましい」(盛岡弁では「しっちゃがますね」)の「しち」で、程度がひどいことを表す接頭語です。
「やんた(いやだ)、あの人のはなしぁ、くでぇごど」「一人してくでぇ話ばりして」などと言われるように、くどい人は嫌われます。その反対の人は「さぱっとした人」「あっさりした人」などと言われます。
(岩手医大教養部教授)
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