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英語で「これ」はthisです。日本語でも「これ」は自分から見て距離や時間が自分に近いときに使います。英語も同じ。目の前にある庭はthis garden「この庭」、遠くにあればthat garden「あの庭」、時間がたって思い出になれば、やはりthat garden「あの庭」です。つまり自分にとって、認知したものが間接的になるに従ってthatになる傾向があります。そこは日本語と同じ考えですが、英語ではそれが文のしくみとしても現れます。
つぎの、二つの発言を比べてみましょう。
1. I hear him play the piano.
2. I hear that he plays the
piano.
1では「わたしは彼がピアノを弾いているのを聞く」です。この場合、弾いているピアノの音が聞こえているのです。ところが、2ではthatが入っています。このthatは「あれ」です。とすると、「わたしはあれを聞く」です。
「あれ」thatって何かというと、その中身は「彼がピアノを弾く」ということです。that「あれ」は自分から時間的、距離的に遠いことを指すのでしたね。ですから、この場合、実際に直接ピアノの音が聞こえているのではなくて、「彼はピアノを弾く」ということを間接的に、いわばうわさとして聞いているのです。ですから、「わたしは彼がピアノを弾く人だと聞いております」といった意味になります。
今から約1200年も前のイギリス人が間接的に情報を伝えるのに、this(これ)ではなくthat「あれ」を文のつなぎに使った気持ちが分かるような気がします。
高校では、このthatを接続詞と習いますが、そのとき、中学で習ったthat(あれ)だという知識を利用しない手はありません。thatがこのようにして「…ということ」(接続詞)になっていったことを英語の歴史は示しています。ほかに、疑問詞の what, which, where, who, why, howなども文と文との「接着剤」に使われてきたのです。
(言語人文学会顧問)
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