2006年 7月8日 (土) 

       

■  〈たきびの詩人巽聖歌〉247 小川達雄 「新樹」の頃14

 昭和二十三年の新人賞のことでは、前回の阿部さんのほかにもう一人、一関出身の門脇珠恵さんについて記しておきたい。

  門脇さんは画家志望でもあったが、『新樹』の申し子といったらよいのか、『新樹』の特徴を最もよく現した、いわば巽先生推薦の愛弟子であったように思う。

  いまでも覚えているのは、

  男湯から「いま出るぞ」といふ声す「は
  あい」と聞こゆ女湯の中

  こんな型破りの作品であるが、そこにはいきいきとした生活の息吹があった。なんでもない日常の断面というのか、庶民の生きている呼吸が、くっきりと描かれていた。

  昭和二十三年の三・四月号には、門脇さんの作品「異性の友」二十首が特選になって、巻頭を飾っていた。

  彼が恋ふ程に価値ある娘とは思へぬを安
  堵しそしてわびしき

  十日目に探しだされし駈落者顔をだれも
  が見ぬふりをする

  この「彼」というのは、作者が好意を寄せている人であったか。それで、その娘を見て一度は安心をするものの、彼はもう戻っては来ない、とわびしくなってしまう。そんな屈曲が、前の歌ではさらりと描かれ、後の歌では、いかにも物語的な、微妙なゆきあいが語られていたと思う。

  こうした門脇さんの新人賞に対して、巽先生は、こう述べた。

  「一体に門脇さんの歌は新しいと言つて
  差支えないかと思ふが、その理由の一つ
  は歌を既成の文語や雅語に頼って作つて
  ゐないといふこと、その二は門脇さん自
  身がまつたくの新しい女で、従来のめそ
  めそした『女』といふ概念で律すること
  の出来ない人だといふことである。
   門脇さんは新しい型の女性であつて、
  然も自分の考へや生活を明瞭に言ふ。歌
  は口語的発想であるが従来のいはゆる口
  語歌的ではない。そこには新しい歌はど
  うあらねばならぬかといふ思考がある。
   新しい文学の高貴性とは、昔の文学理
  念に支配されないもの、血の汗を流して
  打建てるところにこそ認められるべきも
  のではないだろうか。門脇さんには与謝
  野晶子以後の女性として大いに活躍を望
  みたい。」

  受賞の挨拶の中で、門脇さんは、これから一所懸命努力をして、必ず、歌でも絵の方面でも、名を成したいと思います。といい、先生は声を出して大きく拍手をした。

  その五十年後。思いもかけず、銀座での家内の油絵展に門脇さんが来て下さり、その後は家内と賀状交換やら展覧会での往来があった。東京でひとり暮らしをし、油絵と歌は続けておいでであるという。

  しかしつい最近、親戚の方から、さみしいことに、死亡の通知をいただいた。

  門脇さん独往のまま、ひとり死す。

  『新樹』がずっと続き、巽先生の教えを受け続けておいでであったら、門脇さんは『サラダ記念日』よりも早く、名を成しておられたろうに、とわたしは残念に思う。


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