2006年 7月12日 (水) 

       

■  〈賢治の歌〉456 望月善次 銀の雲、焼け杭の柵  

 銀の雲
  焼杭のさく
  ひとはこれ
  こゝろみだれし
  旅のひとなり。
 
  〔現代語訳〕銀の雲と焼杭の柵よ。(こうしたものを目にするにつけ)私は、心乱れた旅の人であることをつくづくと思うのです。

  〔評釈〕「歌稿〔B〕」の「大正五年七月」三十六首中の三十三首目の「361」歌。第三句の「ひと」の部分には、「われ」の形もあった。脇には、ほぼ同じ情景を歌った俳句の「雲ひかり/枕木灼きし柵は黝し」も書かれているが、この両者の比較は、「短歌」とは、どうした文芸形式かを示す一例ともなろう。すなわち、抽出俳句が情景のみを示しているのに対し、短歌の方では、特にその結句に至る七七によって、話者の感慨が集中的に歌われることが多いのだが、抽出歌においても、「自分は心が乱れた旅の人である。」という話者の感慨が吐露されることによって、その原理の一端が証明されている。なお、「現代語訳」は、第三句の「ひと」に、「われ」があることを生かしたものとしておいた。
(岩手大学教授)





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